陛下はその後、不定期に私に会いに来て下さるようになりました。私は嬉しくて嬉しくて、今夜は陛下に会えるかもしれないと思うと昼の暮らしも楽しいし、夜も眠るのが楽しみになります。陛下が私に触れて下さる感覚で目覚めるときの幸せと言ったら、表現しようもありませんでした。頭がぼうっとしてしまい記憶も途切れ途切れで、陛下の夢を見ることもありますし、我ながら夢か現かわからないような、幸せな時間でした。
コンラもやはり以前と変わらず、節度をもって私に接してくれました。ある日私が畑でナスの花をスケッチしていますと、
「お上手ですね」
私の肩越しに、コンラが絵を覗き込んでつぶやきました。
「こういう詳細な絵は品種の分類に役立ちます」
コンラはそう褒めてくれると、冷えたお茶を私に勧めてくれます。私たちは木陰のベンチに人ひとり分空けて座ると、仲良くお茶を頂きました。
「この前はすみませんでした」
「いえ、私のほうこそ断ってしまってすみません。コンラに魅力がないという意味ではなかったのですが」
コンラは少し笑うと空のコップを持ったまま、前を見て話してくれます。
「実は、陛下と私は母を同じくする兄弟なのです」
「そうでしたか……!」
言われてみると、確かに髪色や肌の質感、鼻筋などが陛下とよく似ている気がしました。ただ瞳の色が、コンラは美しい琥珀色をしています。
「私の父親は正確には誰かわからないのですが、相当身分の低い人間だったようです。ちなみに陛下は詳細な調査の結果、かなりの確率で先帝の血を引いておられます」
ご安心下さい、とコンラは微笑みました。
「我々の母はそのような人で、この国の女性はかなり恋に積極的ですから、あなたのようなタイプは珍しかったのでしょう。あれほどお怒りになられるとは、さすがに意外でしたが」
「ごめんなさい。どうするのが正しかったのでしょう?」
私は思わずコンラに尋ねてしまいました。一応陛下の中での正解を知っておきたく思ったので……。
「朔様のなさった通りでいいと思いますよ。ただ私をあれほど完全に拒絶なさったのはあなたが初めてでしたね」
「すみません……」
「いえいえ」
コンラは悪戯っぽく笑うと私に追加のお茶を注いでくれました。
「共に寝ると言っても、私を抱き枕のように使って頂いても良かったのです。人形のように扱っても。決定権はあなたにあったのですよ。陛下からあなたへのサービスだったのですから」
「そうですか……」
今にも殺されそうだったので完全に強制なのだと思っていましたが、あれは私へのサービスでしたか……寂しい私へのお気遣いだったのに、私はずいぶん無碍に扱ってしまったものだと反省致しました。ただ皇帝陛下の御考えはやはり、私の想像を超えておられますが……。
「陛下はちょっと変わっておられますからね。とても優しい御方ですが」
コンラは懐かしそうな眼をすると、陛下と初めてお会いした時のことを私に語って聞かせてくれました。
「私が五つ、陛下が九つのときでした。私が裸足のまま近所の私塾を背伸びして覗いていますと、陛下が突然来られまして、私をじっと見つめ『今日から余に仕えよ』と大声で仰るんです。びっくりしましたね。私が一番年の近い兄弟だったようです。仕えると言ってもお互い子どもですから遊び相手になる程度でしたが、陛下は子供の私にも大人並みの手当を下さるので、ろくに働いていなかった当時の養父が私を売りまして。その日からお城にお部屋を頂き、住み込みで陛下にお仕えすることとなったのです」
九歳の可愛らしい陛下が町角で声を張り上げる場面を想像して、私はクスリと笑ってしまいました。当時から御声は大きかったのですね。
「陛下は人の才を伸ばす、ということにかけては非常に熱心な御方ですから、私は親元では到底受けられなかったような質の高い教育を受けることができました。陛下には感謝の念しかありません」
「でも私のお部屋の前にずっといて下さるの、大変じゃありませんか? 私予定表を作って、その通りに動きましょうか」
「全く問題ありませんよ。あなたはだいぶ穏やかに日々を過ごされる方なので、今までで一番楽をさせて頂いています。陛下について各地を飛び回ることと比べたら、嘘のようです」
「陛下は本当にお忙しい御方なんですね」
「じっとしていられない性分なんでしょうね。あれほど国の隅々までご自身で見て回られる方は他におられません。どんな田舎の民も陛下の御顔を知っているのですから」
高貴な御方、それも皇帝陛下ともなれば民衆には中々姿を見せないものですが、陛下は違うのだと私は思いました。陛下の人気や帝国の安定性は、こういう所からきているのかもしれません。