「はあ……」
俺は両手で顔を押さえてため息ばかりついていた。ショックだった。
「どうかしたの?」
光《ひかる》は今日は珍しく御所に来てくれて、冷泉さんと遊んだあと俺にも会ってくれている。
「先に手出しちゃってごめんね」
「そういうことじゃないです」
俺は恥ずかしくて光の顔がまともに見られなかった。御簾が下ろしてあるだけまだマシだけれど。なんだろう、この感覚は……。
「彼女、何かした?」
「……しました。でも俺も悪かったです」
「???」
俺はしょんぼりして。しばらく何も話せなかった。
「俺は……女性というのはもっとじっとしてるものだと思ってました」
この発言は俺史上最も光を笑わせた。光はここが御所だということも忘れ、涙がでるほど笑っていた。
「まあ彼女グイグイくるもんね。それでやられちゃったんだ」
「笑い事じゃないです」
俺はふくれっ面になりながら恥ずかしくてまた顔を覆った。知らなかったよ、そんなこと。先に言ってよ……。
「彼女兄貴のことめちゃくちゃ好きみたいだからね。俺にも熱く語ってくるし」
「どういうことなの……」
「欲張りなんでしょ。国一番の兄弟食っちゃってさ」
光は苦笑しつつ何とも思っていないようなので強いと思った。光は三位中将さんと同じ恋人がいたこともあるらしく、女性の交際歴についてとやかく思わないのかもしれない。俺も処女じゃなきゃとは思わないけれど、同時進行されるのは抵抗があった。
「彼女なりの励ましじゃない。兄貴お通夜みたいな顔してたからね」
「……もっと帝をいたわって下さい」
俺はしゅんとしてため息をついた。終わってしまったことは仕方ないけれど。朧月夜さんは俺が寝所に「いつ誰を呼ぶか」という予定を知っていて、そのすきを突いてくるから困る。何なの、もう……。
「今度五壇の御修法《みずほう》します。宗教行事ガンガン入れます」
俺は父上のために五大尊のご祈祷を計画した。これで七日間は落ち着いて暮らせる。
「承りました」
光はクスクス笑ってうなずくと、何気ないことのように言った。
「夕霧にいろいろくれてるみたいだね」
「あっ、ごめん。言えばよかったんだけど」
「構わないよ。どんどんやって下さい」
光に秘密にするつもりはないけれど、最近全然会えないので俺は文のついでに小さい子が喜びそうな玩具や絵を左大臣邸に贈っていた。冷泉さんが描いてくれた絵やお下がりの玩具もあった。
「夕霧くんは元気?」
「元気元気。冷泉さんと多少似てるけどやんちゃぶりは比じゃないわ」
光は笑ってとても嬉しそうだった。いいな。俺もいつか会いたいけれど童殿上《わらわてんじょう》する年頃にならないと会えないだろうな。女房たちからたまに絵はもらっているんだけれど。親子でも兄弟でも離されて、光の家族は大変だと思う。
「御所に来にくいよね。嫌な雰囲気を作ってしまってごめんなさい」
「今までの反動があるから。仕方ないね」
光は伏し目がちにつぶやくと淡く笑った。神経すり減ってるだろうな。貴族のケンカってすごく陰湿なんだ。京も狭いし。光は生まれた時から皆に愛され優遇されてきたから余計辛いだろうと思った。光と中宮さま、冷泉さんをどこか安全な場所に逃してあげられたらいいのに。
「帝に権力が集中してたら、それはそれで良くないからね」
光はそう言ってくれるけれど。父上が亡くなられて俺が思い知ったことは、敵は祖父右大臣や母だけじゃないらしいということだった。左大臣家の優遇時代が長かったせいか、右大臣家は若い人たちまで光と冷泉さんをよく思っていないようだ。なぜこれほどまで敵対してしまったんだろうと俺は悲しく思った。
左大臣と右大臣が揃って俺を支えてくれるのが理想なのに。今は右大臣の世で、左大臣は邸にこもってしまっている。相手をこもらせるまで冷遇するなんてやりすぎだ。嫌がらせで人を排除したりして、昔と何一つ変わっていない。
今すぐ俺が譲位して済む問題ならいいのに。右大臣勢力を残したままでは中宮さまやまだ六歳の冷泉さんが心配で、俺は自分にできることは何か必死に考えていた。