16.
がたがたいう音で目がさめた気がしました。
まだ夜で、薄灯りが漏れています。
振り向いた友の眼に王の影が映りました。
随の腕をつかんで、洗面所から引きずり出しています。
「やめて……」
友はよろめきながら駆け寄りました。
やめて
殺さないで
王の脚に必死ですがりつきます。
王は無表情な目をちらと向けると
「違うよ」
のんびり笑いました。
「飲みすぎたんだよ、このひと。さっき吐かせたところ」
随は青ざめてぐったりしていました。
うがいさせてもらって、襟が少しぬれています。
お酒なんてあったかな
友はまだ信じられずに、息をのんで見守っていました。
王はよっこいしょと随を抱えると、ベッドに寝かせて布団をかけました。
横向きにして、楽な姿勢をとらせます。
「君も寝る?」
王は随をずらして、友のスペースを作ってあげました。
友は少し戸惑って、困っています。
「俺とソファで寝る選択肢もあるよ」
それはない
友は決心して、随のとなりに潜り込みました。
随さんごめんなさい
起こさないように
どきどきして、鼓動が聞かれそうでした。
随が寝返りをうつから、随の背中に寄り添って寝ました。
二度目に起きた時はもう朝でした。
やわらかな光がさして、随の背を照らします。
随さんの背中だ
まだ夢のような気がして、友はそっと抱きつきました。
部屋は静かで、王は帰ってしまったようでした。
キスが
したい
友は淫らな願いをもって、随のおもてに近づきました。
眠っているすきに、肩越しにのぞきます。
細い寝息がきこえました。
目を閉じて
随の頬には涙の跡がありました。
随さん……
我に返って、友は己を恥じました。
反省して元の位置に戻ります。
ごめんなさい
ごめんなさい
友は随の背に潜って、ずっと謝っていました。
「起きても、いいですか」
強く頭をおしつけすぎて、逆に起こしたようでした。
「ごめんなさい」
「いえ」
随は枕元の水を飲むと、タバコを取り上げました。
ペットボトルの水も持ってきてたんだ
王は本当に気が利くと思います。
火をつけようとして、やめると、随はベッドを出ました。
コーヒーを淹れながら、換気扇の下で吸いました。
気を使わせている
友は申し訳なく思いながら、何となくベッドでごろごろしていました。
ただの睡眠だけど、寝る前より寝た後のほうが、仲が遠ざかったような気がします。
大して知らない女が隣で寝ていたのに、ほとんど気にかけていない
友にはそこも悲しかったところです。
随は手早く支度をして、仕事にでかけていきました。
「ポストに入れておいて下さい」
自分の鍵を枕元におくと、静かに部屋を出ました。
17.
「お兄ちゃんがすき?」
「すきだよ」
「お兄ちゃんのこども、産んであげようか」
賄が言うから、王はため息をつきました。
こどもこども
女はいつも同じことを言う
「お前嘘でもそういうこと言うなよ」
低い声で注意します。
「私もお兄ちゃんのことすきなのになあ」
賄はぼんやりつぶやきました。
「親同士が結婚してると、この恋は難しいんだね」
他人なのに
被害者の会作らなきゃ
賄は思います。
お兄ちゃんの自由をうばって
足元に屈服させたい
それが復讐かしら
王は煙草を吸い終るとお店に戻ってしまいました。
尾《つ》けてやろうと思ったのに、残念
王は用心深くガードが固いです。
お兄ちゃんに会いたいなあ
賄は思いました。
ともに戦火を生き抜いた同士だと思ってたのに
お兄ちゃんは皆に必要とされて、しあわせそうだな
その端に加わりたいけど、私がいると嫌なこと思い出させるかな
賄は寂しい気がしました。
くるりと向きを変えると、街へと消えていきました。
18.
「まだねてるの?」
たしかに友はまだ寝ていました。
もう昼を過ぎていました。
「彼女ヅラして寄生する気かい」
王はやさしい笑顔でぐさぐさ来ます。
「鍵もってるんですか」
友はやっとそれだけ言い返しました。
「持ってるよ」
王は笑って
「随さんは誰にでもやさしいから」
随が朝のんだコーヒーをもう片付けはじめています。
仕事探さなきゃ、仕事
友はそれだけ思って、くしゃくしゃの髪を直しました。
早くここを出よう
天敵の出現に行動が早まります。
「俺夕方から使うんだけどさ」
王は手慣れた様子でキッチンを使いました。
「一緒にどう?」
友も近頃慣れてきて、かなり自然に無視します。
スマホをいじっていた王は、メッセージがきて手を止めました。
しばらくじっと見ています。
友はそのすきに部屋を出ようとしました。
「ちょっと待て」
その戸をガチャリと閉めて、王の声はいつもと違っていました。
「随さん警察に連行されたって」
「えっ」
友は思わず王を見ました。
メッセージは敬からでした。
随が未成年を連れ込んでいるという通報があり、大家の敬に連絡がいった
「君がはめたの?」
王は冷たく訊きました。
友は目の前が真っ暗になって、へたりとその場に座りこんでしまいました。
連絡を受けた敬がきて、バイトのなかった久がきて、一番最後に永が、息を切らせて駆け込んできました。
永の心臓は張り裂けそうに波打っていました。
「金が目的?」
王は冷たく訊きました。
示談に持ち込みお財布頂戴
「違うんです! 違うんです!」
永は友の代わりに土下座していました。
「父親のせいなんです。あいつこの子のストーカーで」
えっ
敬と王は驚いて
少しひきました。
友は呆然としたまま、奥にいる久の目が一番怖いと思いました。