21.
永と久は映画を見ていました。
永のバイトする小さな映画館です。
永は久の背を見ていました。
二年前から見ていた
今日で最後になるかもしれない
バイトが終るとふたりは歩いて帰りました。
別れ話がきりだされると永は思っていました。
「俺に近づいたのは随さんと会うため?」
久は前を向いたまま訊きました。
「違います」
永は即答しました。
それは本当でした。
二年も前からそんな計画を練るはずがない
スパイ映画じゃあるまいし
随さんてどれだけ要人なんだろう。
皆がこぞって守ります。
「私が友の姉じゃなければ満足ですか」
永は逆に尋ねました。
「親父《あいつ》本当に暴力ひどかったから私鍛えたんです。ジムに通って。それで殴り飛ばしてやった」
ジムにはまだ通っていました。
来たきゃ来ればいい
何度でも殴ってやる
「そう」
久が気に入って少し笑います。
「友のことは私が守ります。友が悪さをするなら」
永は誓いました。
「私がとめます」
弱っちい、守られるだけの女じゃないところを久は評価しました。
「俺の味方になる?」
少しだけ秘密をあかします。
「何か、やるんですか」
永は慎重にたずねました。
「何かあればね」
久は答えて、ふたりはデートを続けました。
22.
敬は随のために、紙をふたつ持ってきてやりました。
「けっこう分厚いんだね」
随はさわって笑います。
「もっと薄っぺらいと思ってた」
「それは離婚届な」
敬は婚姻届と離婚届を持ってきていました。
随が両方に署名捺印します。
敬と愛が保証人になってくれました。
親に挨拶もしてないけど
「あいつ親権剥奪されてますから。不要です」
永が太鼓判を押してくれます。
王と久がきて、じわじわ準備してくれました。
料理をつくって、愛と永も手伝います。
友は一生懸命掃除と片付けをしました。
自分の物を奥の部屋に運んで、リビングを広く使います。
仕事の終った敬と随が合流して、結婚祝のような宴が開かれました。
敬はまだ祝福していないけれども
随はたくさんの人がきて狭いのにうれしそうでした。
すみのほうに座って、にこにこしています。
美味しい料理と美味しい酒と友だちに囲まれて、随はしあわせな気分でした。
他に何もいらないなあ
友が隣にきたので
「はい」
婚姻届と離婚届をセットであげました。
キャンセルできない契約はないから
友は今さらどきりとして、緊張して受けとりました。
迷いが生じてるんだ
随は見抜いていて
よかった
少し冷静になったんだと思いました。
「俺がDV男だったら。逃げて下さい」
この先自分がどうなるか読めない気がしていました。
いやだいやだと言いながら、重力に逆らえず引かれていく
人の助けが必要だと思いました。
俺が何かしたら
逃げて
とめてほしい
女の子に頼むのは難しそうでした。
同じことを、敬と王には伝えてありました。
「随はどんな墓に眠るの」
どんな家に住むの的な気楽さで、敬は変わったことを訊きました。
「市民墓地かな」
随は首をかしげました。
身寄りのない者が眠る場所
「牧師さんに頼んであるんだ」
冷の日本酒に少し口をつけます。
「ひとりで眠るのは寂しいからね」
死んでまでひとりは寂しいです。
「じゃ俺もそこで眠る」
敬はビールを開けてぐいと飲みました。
「俺も」
王が笑って追随します。
「私も」
愛がカクテルを上げて続きました。
「私たちも」
永と友がうなずいて、久はジンジャーエールを掲げて乾杯します。
「みんな変わってるね」
随はふふと笑って乾杯を受けました。
ひとつの丘で、皆で横になって、雲を見たり、星を見たりできたら。
とても楽しくてしあわせです。
「ありがとう」
随は礼をいいました。
いつか子や孫ができたら離ればなれになってしまうだろう。
それでも今日話した約束は、あたたかい思い出になります。
随は信じてなさそうだけれど、敬と王はわりと本気で墓所を誓っていました。
同じ場所で眠ろう。
随は眠ると泣くから、水をのませて、ベッドに沈めておいてやりました。
23.
夜明け前
友は随にすり寄りました。
随がぼんやり、昨夜の宴を思い出します。
皆帰ったかな
悪いことをした
友は服をまさぐって腹をさわると、随の唇にキスをしました。
自分という木の蜜をすいにくる蝶がいる、ような感覚を随はもちました。
俺はおいしいですか
ぼんやり
好きにさせておきます。
随を手に入れて友は満足そうでした。
私だけのものにして
縛りつけておきたい
この人は私じゃなくてもいいんだろうと友は思いました。
私はこの人じゃなきゃいや
下唇の傷のところをなめます。
この世のいろんなものに執着がないんだと友は思いました。
どんなことされたらいやか
知りたい
知らせたい
友は手をのばして、随の体にふれました。