私は、食事はいつもお部屋に運んでもらったものを食べていました。コンラがそばにいて、静かに給仕をしてくれます。その日もいつものように昼食を頂こうとしているところでした。
「陛下は普段どんなものをお召し上がりになられるのですか」
私は何となく気になってコンラに尋ねてみました。
「陛下と食事なさりたいですか」
コンラが逆に質問してくれます。
「いえ、あの……身分が違いすぎますよね」
私は自信を無くしてシュンとしてしまいました。陛下がどんなふうにお食べになるのか遠くからでも見てみたいな、と思っただけなのですけれど。図々しすぎたでしょうか。
「陛下は目の前で毒見されたものしかお召し上がりになりません。内容も簡素で手早く、お忙しいので時間通りに摂られないことも多いです」
「そうですか……大変なんですね」
私は働き者の陛下と比べるとずいぶんのんびり過ごさせて頂いてるなあと、何だか申し訳なく思いました。
「あなたの食事も私が毒見していますよ」
コンラはそう言って私に微笑んでくれた後、少し表情を曇らせました。
「最近あまり食が進まないようですが。どこか具合でも悪いのですか」
「いえ……あまり食欲がわかなくて」
私は曖昧に笑うとスプーンを置きました。出来立ての食事の匂いがつらくて。まさかとは思いながらその一言を言うのが怖くて、ついうつむいて黙ってしまいます。
「医師を呼びますので、すぐ診察を受けて下さい」
コンラはそう言うと、手早く食事を片付けてくれました。私は白髭を蓄えた穏やかなお爺さん先生の診察を受けましたが、どこも悪くないとのことで経過観察を言い渡されました。
どうしよう、もし妊娠していたら……。私の心には喜びより不安の方が多く去来していました。もしまた流産したら……流産ばかりする女だと思われて、陛下に嫌われてしまうでしょうか。赤ちゃんも可哀想だし……どうしたら順調に育ってくれるのでしょう。私のお腹には赤ちゃんを育てる力があるのでしょうか……? 考えれば考えるほど不安で、ベッドに入ってもなかなか寝付けません。目はつぶっているのに何度も寝がえりをうって全然眠れなくて、なのにこんな時に限って。ガチャッと外から鍵を開ける音が聞こえ、誰かが部屋へ入ってくるのがわかりました。どうしよう、陛下が来られた……。
どうしようどうしよう、このまま陛下と過ごしてしまって大丈夫なのでしょうか? お腹の子は……? でもまだ妊娠していると決まったわけではないし……いつもあれほど会いたい会いたいと言っておきながら、せっかく来て下さった今日に限ってダメというのは失礼すぎるでしょうか? どうしようどうしよう、どうしたら赤ちゃんを守れるのでしょう。何もかもが確定じゃないこの状況で、何と言ったら……。
私は起きているのに必死に目をつぶってなんとか寝たふりをしていました。せっかく来て下さったのにガッカリさせたくないという気持ちと、でももし妊娠していたらという不安で頭の中がいっぱいで考えがまとまりません。陛下は絨毯の上をゆっくり歩いてこられると、私の枕元にお座りになりました。私は偽の寝息も上手くたてられずに、目だけギュッとつぶっていました。
陛下はそんな私のおでこにそっと触れて下さると、髪を撫で、優しいキスを下さいました。私が言葉を失くして思わず目を開けると、陛下はいつもの射るような真っ直ぐな瞳ではなく、水面に映る月のような揺れる瞳で私を見つめて下さいました。
陛下と言うのは不思議な御方です。あれほど神出鬼没で情熱的なのに、強引ということがございません。私が少しでも不安や恐れを抱いていると察知なさると、スッと手を引いてしまわれます。この御方の前では言葉など何の意味も持たないのかもしれないと私は思いました。陛下は私の隣にゴロンと横になられると、背中から私を抱きしめて下さいました。私はぽろぽろ涙ばかり出てきてしまって。陛下の方に向き直るとその御胸に顔をぐいぐい押し付けて、声を抑えて泣いてしまいました。