私が遼くんを受け入れて、普通の恋人になれてたら。
こんなことにはならなかったのかな。
自分がふがいなくて、恥ずかしい気がした。
遼くんを犯罪者にして、会社に迷惑かけて。
「痛くないですか」
救急隊員の人が背中の傷を消毒して、ガーゼを貼ってくれた。
「大した怪我じゃないのに。ごめんなさい」
「いいんですよ」
彼女は手早く応急措置を済ますと
「早めに医療機関を受診して下さいね」
やさしく言ってくれる。
現場検証とかいろいろあって、地下一階は騒然としていた。
遼くんの勤めていた警備会社の人も呼ばれて。
せめて、地下でよかったのかな。
アキノくんは、遼くんが備品置き場に入ったあたりから見ていたようだった。
ナイフを見てすぐ止めに入ろうとしたが、逆に刺されたら危ないと思い、スキをうかがってくれていたみたい。
アキノくんに変なところを見られて、恥ずかしいなと思った。
でも、アキノくん以外の人に見られても嫌だし。
やっぱりアキノくんでよかったのかもしれない。
恐怖とショックで、しばらく何も考えることができなかった。
「また会おうね」
こんなかすり傷じゃ、執行猶予つくよね。
実刑を受けたって、刑務所から出てくれば
遼くんは必ず私を見つけ出す。
見つけて、より重い制裁を私に科す気がした。
「アキノ! あとは頼む。俺こいつ病院に連れてくから」
事情聴取が終わったアキノくんに、部長は細かく仕事の指示を出した。
「ここまででいい。後は月曜に回す」
「はい」
私は部長に付き添われながら、先に帰らせてもらった。
◇◇◇
「ハア? 家に帰る?」
病院からの帰り、私は部長の部屋で休ませてもらいながら、おずおず切り出した。
「遼くんも捕まったし……もう誰も来ませんから」
「今日は泊まれよ」
部長は怒ったように言う。
「でも、服がないし……」
「俺が取ってきてやるから」
それまで俺の着てろと、部長は自分の大きいスウェットを放り投げてきた。
「とにかく、泊まれ」
部長は怖い顔をして、絶対に許してくれなさそうだった。
「こんな日にひとりで帰せるわけねーだろ。俺が心配で寝れねーわ」
部長は私の目を見ると、不意につよく抱きしめた。
「痛かったな。怖かっただろ」
私は部長に抱きしめられると、ぼろぼろ涙があふれる体になってしまっていた。
軟体動物みたいにふにゃふにゃになって、部長の好きに抱かれる。
「俺もお前のこと妹みたいに思えてきたわ。抱くのがもったいねえ」
部長はヒゲの伸び始めた顔で、すりすり私に頬ずりした。
「お前ってホント、ほっとけねー奴だなあ」
わしゃわしゃ髪をなでてくれるので、このまま犬か猫になってしまいたい気がした。
「お前、海と山ならどっちがいい?」
「海です。山は怖いから」
「りょーかい」
部長はそれだけきくと、私をベッドに連れていってくれた。
「しばらく抱きしめてていい?」
「はい」
ベッドに座り、ぎゅっと抱きしめてもらって。私は安心して目を閉じた。
今だけは家族になれた気がして。部長の温もりが私にはうれしかった。
◇◇◇
「どーせ落ち込むならさ、せめて景色のいいとこにしようや」
次の日からちょうど土日だったので、部長は私をドライブに誘ってくれた。
「私、助手席に乗せてもらうのはじめてです」
私は緊張していた。お母さんはいつも、後部座席に乗せてくれてたから。
部長の車は運転席と助手席しかなかった。ロードスターかな? グレーのカッコいい車で。
流線形のフォルムから、速さとセクシーさを感じた。
「中古で安かったから買ったんだ」
部長は助手席のドアを開けて私を乗せてくれた。
「荷物乗らねーだろ? 俺アウトドアとかしねーからさ。走るのだけが趣味」
エンジンをかけてギアを入れると、滑るように走り出す。
「星が見てえなあ」
「ロマンチストですね」
「たまには夢くらい見させてくれよ」
部長は苦笑しながら楽しそうに走った。運転ホントに好きなんだなあ。車も部長と走れて喜んでいるみたい。
スマートな車内に心地いい洋楽が流れて。部長は慣れた様子で高速に乗った。