入道宮さまがお隠れになられ、冷泉さんと光《ひかる》の父子再会あり、予言の書ありと大変な一年も暮れ、年が明けた。光三十三歳、冷泉さんは十五歳になられる。夕霧くんは十二歳で今年いよいよ元服だった。
「冷泉さん、お疲れではないですか」
俺がしみじみ尋ねると、冷泉さんは微笑んでお答えになられた。
「母上がお亡くなりになられ大変なこともありましたが、良い一年でした。皆さんとこうして仲よくさせて頂けるのが何より嬉しいです」
冷泉さんにそう仰って頂けると俺も嬉しいなと思った。帝というのは孤独だから。心の重荷は少ないほうがいい。
「今年は夕霧くんの元服ですね。楽しみです」
冷泉さんはニコニコ笑われて、親である光より楽しみにしておられるようだった。
「そうですね」
俺も楽しみで、ついつられて微笑む。光はわざと夕霧くんに冷たく当たっており、冷泉さんはそれを理解された上で弟に優しくなさっている気がした。やり方は反対でも二人とも夕霧くんを思っている。
◇◇◇
入道宮さまの崩御から一年がすぎると、皆の衣も鈍色から普段の色へ改められた。ちょうど春から初夏へ入る頃で、御所にも爽やかな風が吹いている。
夕霧くんの元服は生まれ育った三條邸で行われることになった。亡き葵さんのお母様で、夕霧くんを育てて下さった祖母である大宮さまのお気持ちを慮ってのことだった。俺は目立たないように、昔葵さんと文を交わした時からいる女房へあてて夕霧くんへ贈り物をした。
「御元服おめでとうございます。夕霧くんの成長を見守ることができて嬉しいです。」
葵さんのお兄さんは右大将になっており、親類たちも上流貴族ばかりで夕霧くんのお家は間違いなく名家だった。父親も光だし、夕霧くんの政治家としての生まれの強さは比類ない。官位は四位から始まると誰もが思っていた。ところが光は夕霧くんを殿上人としては最下位の六・位・にして、大学寮に通わせると決めた。
「時勢が移って苦しい立場になったとき本人が馬鹿だと侮られるからね」
光がニコニコ顔で言うから、昔光を須磨送りにした俺は心苦しく思った。冷泉さんもこの決定はわかっておられたようで
「私が確実に加階させますから」
やっぱりニコニコ笑って仰る。夕霧くんに対しては兄と父でアメとムチのような状態になっていた。手厚いなあ。春宮も学問を始め暇になった俺は、元服後ぴたりと御所に来なくなってしまった夕霧くんの心配ばかりしていた。
「夕霧くん、元気?」
「ああ。今東の院に軟禁してるからね」
「軟禁?!」
光がサラリと言うので俺は驚いて目を丸くした。
「大学寮の寮試があるからさ。祖母ちゃんちじゃ学問に集中できないから曹司を作ってやったんだ。毎日一生懸命書物を読んでるよ」
光は珍しく嬉しそうに話す。
「この前寮試の予行演習をさせたけど、上手く読めてたよ。真っ直ぐで賢くて、やっぱり葵の子だなと思った」
夕霧くんを褒める光は心から嬉しそうで誇らしげだった。
「それを本人の前で言ってあげたらいいのに……」
「嫌だよ」
光はフフと笑って行ってしまう。素直じゃない親だなあ。
寮試本番の日は、俺もこっそり見に行った。大学寮の寮門には上達部の車がたくさん集っている。従者にかしずかれ、まっすぐ前を向いて中に入っていく夕霧くんの姿は凛々しくて格好良かった。まだ十二歳とは思えない、もっと大人の横顔に見えた。