一月二十三日、うららかに晴れた日の午後俺は六條院へ伺った。玉鬘さんというのはとても才能あふれる方のようで、南の御殿は今どきの流行を取り入れた雅やかで美しい装飾がなされていた。屏風や壁代も新しく設えられて、敷物、茵《しとね》、脇息などの調度も華やかで瀟洒だ。俺は遠くから覗いただけですぐ奥に引っ込むと、今日の主役で忙しそうな光《ひかる》を静かに待っていた。
「夕霧くん。お子さんのご誕生おめでとうございます」
俺は夕霧くんの居所である夏の町に隠してもらっていたので、夕霧くんに会うと喜んでお祝いを述べた。
「ありがとうございます」
夕霧くんはいつものクールな瞳で返事をしてくれたが、やはりどことなく嬉しそうに見えた。彼は父親になって、より頼もしさと落ち着きが増したように感じられる。
「光は忙しそうだね」
「今玉鬘さんの子ども達に会ってます」
「お子さん増えられたんだね」
「はい」
またお子さんが生まれたようで俺は嬉しく思った。お子さんが次々生まれる宿命というのもあるのかな。ご縁と呼べば良いことのようだけれど……この縁のせいで泣いた人たちもいる。前世の因縁なんて本当にあるんだろうか。
「玉鬘さんは貫禄ある母の顔をされてます」
「そっか」
母強しなのかな。彼女は不本意な結婚だったにもかかわらず、自身の宿命と向き合っている。子のために強くなられたんだなと、俺は冷泉さんの母である入道宮さまのことを思い出していた。
「これから酒宴になるので参加されませんか」
「ありがとう。でもいいよ。俺いったん帰ろうか」
「どちらでも。夜通しになると思うので、よかったら寝ていて下さい」
夕霧くんは慣れた様子でそう言うと去ってしまった。まだ夕方なのに今から一晩中酒宴をするなんて、貴族って本当に夜型だよな。早寝早起きの僧侶たちに比べてどうしても体調を崩しやすい。夕霧くんも光の子だから若い時から宴慣れしているんだろうけれど、それでも大変だろうなと思った。今夜は柏木くんも来ているのかな。
俺の前には飲み物や軽食が運ばれてきたので、俺は悪いなと思いながら頂戴した。光の人気は年を取っても衰えず、それどころかますます増しているようでなかなか会えない。どこからか上手な和琴《わごん》の音色が聴こえた気がして。俺は酒宴の遠いさざめきを聞きながら、いつの間にか部屋の隅で眠ってしまった。
「あーにーきー」
スヤスヤ眠っていた俺がようやく目を覚ますと、もう日は高く昇って朝になっていた。
「あ、光……おはよう」
「おはようじゃないよ。よくこんなに長く寝られるね。これだから帝は」
光は酒宴の後の仮眠もすませたのか、すっきりした顔で座っていた。確かに俺は他の貴族のように女性のもとに通って明け方までに帰るってこと、したことないな。皆偉いんだなと思う。俺はまだぼんやりしながら、うーんと伸びをして光の前に座り直した。
「降嫁の日取り、いつにする?」
「いつにしよう……? 予言はあるのかな」
「あるよ。予言では二月の十何日だね」
「じゃあその辺にしようか」
俺は口に手をあててあくびしながら言った。
「他人事だなあ。歴史的な日だからね! 記念日にしてもいいくらいだから」
「そうなの?」
「柏木の親の太政大臣さんがいろいろやるだろうけど、俺からも追い御祝いしていい?」
「おいおいわい……? うん、ありがとう」
俺は寝起きのぼんやりした頭でうなずいた。
「じゃあ二月ね! 三宮さんにも伝えてね」
光は嬉しそうながらもしっかりした口調で教えてくれるともう席を立っていた。忙しそうだな。俺は夕霧くんの部屋に寝に来たようなものだなと思いながら、ゆったり帰路についた。
◇◇◇
二月十何日の三宮降嫁の日はすごい人出だった。柏木くんは今衛門督だけれど、お父さんが太政大臣だから勢いがすごい。彼の弟たちも引き連れての御祝いだから賑やかで楽しそうだ。柏木くんの従弟で義弟でもある夕霧くんももちろん来ていて、皆で柏木くんを取り囲んで嬉しそうにしていた。
俺は三宮の嫁入り道具として調度をいくつか準備して持たせた。光からもいろんな贈り物が届いているようだ。大臣や納言たちもほとんど来てくれて、新婦である三宮が来るのを静かに待っていた。いよいよ三宮を乗せた車が車寄せに到着すると、少し緊張した様子の柏木くんが出てきて、三宮を車から抱き下ろしてくれた。
「まるで絵みたいだな……」
普通の嫁入りならこういうことはないのだけれど、降嫁の時はこうやって新郎が新婦を迎えに来てくれるんだなと俺は感慨深い思いで見ていた。三宮の顔は当然見えない位置からの見物だけれど。
静かに柏木くんの邸に入っていく三宮の背を見送って。俺は厳かな感動を覚えた。俺が育てたと言えるほどのことは何もできていないけれど。若い人同士、病める時も健やかなる時も支え合って生きてくれたらと思った。