俺はしばらく黙ると、意を決して尋ねた。
「俺はこれから何をする予定なの?」
「三宮さんの将来を心配して俺に降嫁させんの」
「光《ひかる》に??」
俺が驚いた顔をすると、光は投げやり気味に苦笑した。
「おかしいだろ? 若い娘の将来を心配しながら、なんで三つ下の俺にくれんだよ」
すごく迷惑そうに言うので俺は申し訳なく思ってしまう。
「奥様にご迷惑だったでしょう」
「そうなのよ。大迷惑なのよ。わかってくれる?」
光はだいぶ酔いが回ってきたのか、俺に絡むように話した。
「せっかく俺が苦労して作り上げた女たちの序列がさ。三宮さんが来ることで崩れるわけよ。俺は紫《むらさき》を常に一番にしてやりたいのにさ、できないの。それが一番苦痛なんだよ。そのせいで紫は体調崩すしさ。紫は俺より先に死ぬんだよ。俺はそれが一番嫌なの。先に死んでほしくないの。わかる?」
「すごくわかる……」
俺は深くうなずいた。残されるのはつらいんだよな。残すのはいいのかって話になってしまうけれど。先に死なれるのはどうしてもつらい。
「三宮を光にあげなければいいのかな」
「そう思うんだけどねえ」
光は眠そうになってきたが、俺の話をきいてくれた。
「柏木くんが亡くなるっていうのは、どういう」
「柏木が、俺に降嫁した三宮さんを寝取っちゃうんだよ」
「そうなの……」
「それに気づいた俺が柏木を睨むわけ。そうすると柏木がビビって体調崩す」
「すごい筋だね」
「だよねえ」
光はそこまで言うとコクリコクリと舟を漕ぎはじめ、スヤスヤ眠ってしまった。隣の蛍も寝ているようだ。
「朱雀さん、お強いんですね」
三つ隣の席に座る冷泉さんと目があって、俺は少し苦笑した。
「酒に酔えない性質《たち》で」
「私もです」
俺は静かに座を立つと夕霧くんの隣に座った。夕霧くんも酒には弱いのか、下を向いて眠ってしまっている。俺は夕霧くんを挟む形になるが、冷泉さんとヒソヒソ声でお話した。
「三宮を連れてどこかへ隠れましょうか」
「三宮さんと柏木くんの間には男子が生まれ、父上亡き後もその子を中心に予言は続いていきます」
「そんなに重要な人が」
俺はしばらく考えていたが、最も単純な事を言った。
「三宮を柏木くんに差し上げましょうか」
「柏木くんには二宮さんが降嫁する予定です」
「二宮……」
俺の二番目の娘だった。母である一条御息所さんと住んでいるはずだが。
「柏木くんは三宮が好きなのでしょうか」
「三宮さんを得られず、代わりに二宮さんを娶る筋です」
「……」
二宮と結婚しておきながら三宮を寝取って子をもうけるというのはさすがに酷すぎると思って俺は黙った。まだ起きていないことに文句を言うのもおかしいが。
「先に三宮を嫁がせます」
「そうですね」
冷泉さんは参加者のほとんどが眠ってしまった酒宴を見渡しながら微笑まれた。
「お二人さえよければ」
俺も酒宴を見渡したが、昼間はいた柏木くんの姿が見えないようだった。先に帰ってしまったのかな。酒を飲んで夜ふかしする宴は体に悪そうなので出なくていいとは思うが。
「朱雀さん、お酒が入った方が冷静ですね」
冷泉さんにそう指摘されて俺は恐縮した。
「どこにも逃げ場がない気がして。妙に腹をくくってしまうんです」
酒を飲んで陽気になったり悲観したりということは俺にはなかった。ただ孤・独・になった感覚だけがあって。目が冴えるような気すらする。
「三宮にもきいてみます」
三宮は柏木くんを好きになるのかな。死さえ回避できるなら多少無理を言っても嫁がせるべきだろうか。三宮を先に嫁がせると二宮はどうなるのだろう。予言の俺も悩んだのだろうが、現実の俺も考え込む。
「今まで予言の死を免れた者はいません」
冷泉さんは寝ながら肩にもたれてくる夕霧くんに微笑みつつ、俺に仰った。
「何をしても、柏木くんの死は避けられないかもしれませんね」
何をしても結局は死ぬか。人間皆死ぬ。遅いか早いかだ。死期を知った柏木くんに何ができるのか。柏木くんは何を望むのか。酒の甘い匂いが漂う中、俺は静かに考えを巡らせていた。