「お前らちゃんと玉ちゃんに文送ってこいよ」
「オメーに見られんのわかってて誰が送るんだよ」
あの華やかでハードな宴も終え、季節は五月になった。俺たちは今度は光《ひかる》からの招集があってまた六條院に集っていた。俺も必要なのか? とは思うんだけれど。
「娘に来た文チェックするんだ……?」
俺が少し驚いて言うと、光はすかさず言い返してきた。
「するでしょ普通。変なやつと縁づいたら困るでしょ」
「しねーよんなもん。オメーがおかしいんだよ」
「娘育てたこともない奴に言われたくねえんだけど?」
「すいませんね娘がいなくて」
光と蛍が言い争っているので俺は柏木くんと目を見合わせて苦笑してしまった。仲良いなあ。奥の柱を背に座る夕霧くんだけは腕を組んでずっと黙っている。
「お前ら冷たすぎるよ。玉ちゃんが『私こんなにモテないの?』って悲しんだらどうすんだよ。文くれたの柏木だけだよ?」
「柏木送ったのかよ」
蛍が驚いたようにきくと、柏木くんは
「はい、一応」
と自信なさげにうなずいた。
「優しい文だったよ。『なんとか貴女を助けたくて父に言おうと思うんですが、太政大臣の強さを思うと引き取れるかはわかりません』って」
「玉ちゃん何だって?」
「絶望してた」
「柏木ー! 逆効果じゃねーかよ!」
「すいませんっ」
柏木くんまで巻き添えを食って蛍に怒られていた。
「真実を言えばいいってもんじゃねえのよ、恋ってのはさ」
光は経験値の高そうなセリフを言いながら何度もうなずいている。
「もうさっさと髭黒にやっちまえよ」
「そんな酷いことできるかよ。好きでもねえ男に嫁ぐのに綺麗な恋の思い出一つ土産に持たせず行かせられると思うか? 今後の長い人生何を支えに生きてくんだよ」
「そのために引き取ったの?」
俺が驚いてきくと、光はため息をついた。
「好きでもねえ男からわんさか文がきてうるさく言い寄られたことも、後から見ればいい思い出になるんだよ。彼女にとっては今が花・なんだよ。そんなこともわかんねえのかよ」
光が熱く語るので俺たちは黙ってしまったが
「親ぶった男に言い寄られるクソみてーな毎日のどこが花なんだよ」
夕霧くんだけがキツい目をして厳しい批判をした。
「人馬鹿にすんのもいい加減にしろよ」
「じゃあどうすりゃいいんだよ。お前が娶んのか」
光が反論すると夕霧くんもさすがに黙った。
「手を出さずに、真面目に親として世話してあげれば……?」
俺は控えめに提案してみたが
「それができてりゃ苦労しないんだよ」
光はそれが最も難しいようで苦しそうに煩悶した。
「俺にも兄貴みたいな仏心《ほとけごころ》がほしいよ。今日いい服着てんね」
「法衣が欲しくて。作ってもらったんだ」
俺は法衣に袈裟をつけて僧のような格好をしていた。髪はまだ剃れないんだけれど。この前女物を身につけて自分のが欲しくなったので作ってもらった。
「出家すんの?」
「したいんだけどね。うちにも娘がいるから……」
俗世を捨てるのに未婚の娘を残してというのは、どうしても煩悩が残って良くないかなと思った。
「兄貴こそ娘多いんだから冷泉さんにあげればよかったじゃん。入道宮さまだって先帝の娘だったんだよ?」
「ああ、考えたことなかった」
「これだよ。この無欲」
俺がぽかんとしていると光は心底羨ましそうに言った。
「生まれつき無欲な人間がいるように、生まれつき貪欲な人間もいんのよ」
「自分が貪欲なのは認めんのな」
蛍は思わず苦笑して、少し考え込んだ。
「お前知らねーだろうけど、玉・ち・ゃ・ん・か・ら・俺宛に文来たんだよ」
「玉ちゃんから?」
光もすこし驚いて蛍を見る。
「お前よほどのことしてんじゃねーだろうな?」
蛍は考え込みながら光を睨んだ。
「今すぐ力ずくで内大臣ちに連れ帰ってもいいんだぞ」
「お前に文ってことは、お・前・ん・ち・に・連れ帰ってほしいんだろ」
光にそう言われると今度は蛍が黙った。
「玉ちゃんの何がそんなに気に入らねえんだよ」
「別に気に入らねえわけじゃねーよ」
蛍はそう言いながら深くため息をついた。蛍はただ忘れたくないだけではないかと俺は思った。奥様が亡くなられてまだ三年くらいだろうか。奥様が使っていた日用品、調度、着ていた衣だって残っているに決まっている。お子さんたちの中には思い出だって。簡単には消せないだろう。
「通うとしても、家には入れらんねえ」
亡き人の匂いが残るところに別の女性を住まわせるのは抵抗があるのだろうと俺は察した。
「冷てえ奴だな」
「オメーが無神経すぎんだよ」
光も悪態をつきながらも、それ以上責めることは無かった。
「じゃあなんで今日来たんだよ」
「それを伝えに来たんだよ」
「玉ちゃんを更に絶望させんのかよ……」
光のほうが絶望するような声で言った。
「俺だって嫌だよ、髭黒なんざ。玉ちゃん迎えるために妻子捨てんだぞ? あんなサイテーな奴ぶん殴ってやりてえわ。でもそうしたら玉ちゃんが産む子どもらはどうなる? 生まれる前に殺すのか」
それが重要な問題で俺たちは押し黙った。蛍は優しいし子ども好きだから、生まれてくるはずの子を見殺しにするなんて絶対できないだろう。
「……子ができるんですか」
柏木くんが信じられないと言った様子でつぶやいた。
「どうしてそんなことがわかって……?」
「おそらく当たる。見てりゃわかるよ」
蛍は柏木くんの疑問に短く答えた。これが当たってしまったら。柏木くんは自分の運命を信じ始めてしまうだろうか。俺は玉鬘さんに子は生まれてほしいのに、柏木くんには死んでほしくなかった。あの予言書には当たらないでほしかった。
「子を産んで、出仕もしたら」
ずっと黙っていた夕霧くんが遠くを見ながら言った。
「思い出なら、冷泉さんが作ってくれる」
俺たちはまた黙って。夜が更けていく。