ルースさまが仰るように、この島の人は皆親切で優しそうだった。昔から王家のバカンスを支えているせいもあり、ささやかながら裕福でもあるみたい。私たちは最初のほうこそ警戒していたものの、美味しい海の幸をごちそうになったり浜辺を散歩したりして、すっかりバカンスを満喫していた。
王家の方はそれぞれの別荘をお持ちらしく、私はルースさまの別荘で二人きりだったのでゆっくりくつろぐことができて、危うく人魚疑惑のことを忘れるところだった。
「陛下に妙な女が付きまとっているわ」
数日後に会ったシシリーが開口一番そう言うので、私はシシリーはずっと調査を続けていたんだと尊敬した。
「人魚という表現も、あながち間違ってないようね」
シシリーは苦虫を噛み潰したような顔で前を睨んでいる。
「船の修理が済むまで二週間はかかるそうですね」
ルースさまが残念そうに仰ると、
「お父様に艦隊を連れてこの島へ寄って頂くようお願いしたわ」
シシリーがすました顔でそう言うので、私は「艦隊……?」と疑問符の顔でルースさまを見上げた。
「シシリーの御父上は海軍提督なのです。今でもこの近海を回っておられます」
ルースさまがそう仰るので、私は改めて凄いなと思ってシシリーを見た。シシリーの凛々しいカッコよさはお父様譲りなのかもしれない。
「あなたたちは満喫してる?」
シシリーがフッと口調を変えてそう言うので、私はキョトンとしてしまった。
「ええ、楽しんでますよ」
ルースさまはにっこり優しい笑顔でお答えになる。
「今日はサーシャに船を出してもらって釣りをする予定なんです。シシリーもどうですか?」
「あら素敵ね。ご一緒していいかしら?」
「あ、はい」
私は以前から約束していたかのようにすんなり頷いて、私たちは三人で船釣りをした。ルースさまとシシリーには信頼し合った阿吽の呼吸があって、私は一緒にいてすごく落ち着いた。私たちは小さな船を沿岸にこぎ出すと、青い空と海に囲まれ、三人でのんびり釣り糸を垂れた。話が弾むこともあったが、無言になってもちっとも気まずくなかった。
「今日は楽しかったわ。ありがとう」
「私も楽しかったです。またご一緒しましょう!」
夕暮れの海でシシリーからお礼を言われて、私は嬉しかった。シシリーは少し笑ってくれて、その笑顔が夕陽に輝いている。
「あなたといると和むわ」
シシリーにそう褒められて、私は嬉しさと同時に心配も感じてしまった。シシリーは例の海賊についてだいぶ神経を尖らせて調べているようなので、せっかくバカンスに来たのに疲れがたまっているのかもしれない。
ルースさまは釣り道具を仕舞いに行って下さっていて、私たちは二人きりだった。シシリーの藍色の瞳には燃えるような夕陽が映って、幻想的に輝いた。
「ルースと、幸せにね」
シシリーは微かな笑顔のままそれだけ言うと、私のもとから去った。夕陽が最後の光を残して沈み、夜のとばりが降りようとしている。
このまま私がルースさまと結婚してしまったら。清廉潔白な二人はもう二度と恋人として肌を触れ合わせることはないのかな。私は妙なことを考えた。今後二人の心が再び通いあったとしても、もうどんな間違いが起きることも無い……。
どうしてこんなに寂しい気持ちになるんだろうと思った。私にとってはそのほうが都合がいいはずなのに。今日の二人の雰囲気はとても良かった。別れても仲良しなんだ。余計なお世話だよね。私が現れる前から、二人の関係は終わっていたようだし……。
私はひとり浜辺に座ると、ただ海を見ていた。ルースさまにもシシリーにも笑っていてほしい。私はそれだけを願っていた。