夕暮れの最後の光が聖堂に長く差し込んで、暗い壁面のステンドグラスを七色に輝かせました。私が一日で一番好きな時間です。
「夕べの祈りを捧げましょう」
神父さまがそうおっしゃるので、私は祭壇に供えられた長いろうそく一つひとつに火を灯しました。全てのろうそくに火をともすと、神父さまが厳かな声で聖句を唱えて下さいます。私は祭壇の前にひざまずき、両手を組んで目を閉じると、静かに祈りを捧げました。いつもと同じ、静かで穏やかな時間が流れます。
私はこの生活が好きでした。
夜明けとともに起床し、朝の祈りをささげ、聖堂のお掃除と鶏たちの世話。早めの昼食をとった後、畑仕事や縫い物。祭服と布類のお洗濯。墓地のお掃除。日が暮れると夕べの祈りをささげ、晩餐を頂き、身を清め、床につきます。
私はしがない修道女でした。この古い聖堂を、神父さまとともに、静かに守って一生を終える身です。
私はこの生活が好きでした。ずっとずっと、このままで良かったのに……。
私が平服に着替え、枕元の明かりを消して床に就こうとしていると。私の部屋を「トントン」と、乾いた音でノックする方がおられました。
◇◇◇
どうなさったのかしら、こんな夜更けに……。
神父さまでしょうか。こんな時刻に用件を申し付けられたことはないのにと、私は不思議に思いました。肩に粗末なストールを羽織ると、おそるおそる、部屋のドアをお開けします。古い木戸がきしみ、ギイ……と鈍い音が響きました。
「マリア、君に来客だ」
神父さまはいつもの穏やかな笑顔で、でもはっきりとおっしゃいます。小さな手燭を持っておられますが、揺れる炎に照らされた神父さまのお顔は影が色濃く見え、妙に怖く感じました。
「わたくしにお客様、ですか……?」
私は初めてのことにどうしてよいかわからず、ただ困惑してしまいました。
「身なりはそのままで良い。お待たせしないように」
神父さまがそうおっしゃるので、私はベールを被って髪を隠すと、神父さまのあとに従って、狭くて暗い階段を降りました。
◇◇◇
「ここがさびれた聖堂か。へんぴな場所だなあ」
お客様はすでにアーチ型の重いドアを押し開け、聖堂に入っておられるようでした。暗い聖堂に若い男性の声だけが響きます。
私は急いで、聖堂の壁にある大きな燭台に火を灯してゆきました。お客様は礼拝者のための長椅子《ベンチ》にどかっと腰をおろし、足を組んで座っておられました。傍らには抜き身の大剣が置かれ、鋭い刃の芯がホタルのように、明滅しながら青く光っております。
「やあ、マリア! 会いたかった!」
私がおずおず近づきますと、その方はまるで旧知の仲であるかのように私の名を呼ばれ、ニコッとお笑いになりました。
赤みがかった金髪に淡褐色《ヘーゼル》の瞳をした、眉目秀麗な男性です。まとう衣服は上等で、甘い香水もほのかに漂い、高貴な方のようでした。
その方はしばらく私を見つめておられましたが、私のすぐ後ろに立つ神父さまに目を移した途端、
「ずいぶん若い神父だな」
スッと表情をお変えになって、神父さまを鋭い視線で睨まれました。お客様と神父さまの間に張りつめた空気が流れ、はさまれた私は緊張し、息をひそめておりました。
◇◇◇
「ご用件はなんでしょう」
神父さまは、お客様に睨まれても意に介する事なく、いつもの微笑で問われました。
「あんたには無いよ。マリアと話がしたい」
お客様はそっけなくそう言われると、神父さまを無視して、私の顔をじっと覗き込まれます。私は立ったままでは失礼になるかと思い、持っていた手燭を床に置くと、お客様から少し離れてひざまずき、目線を下げました。
「君がマリアだね。さびれた聖堂の修道女マリア。主人公が立ち寄る小さな村に建つ唯一の教会。発生イベントも特に無し。ただの背景だ」
お客様はすらすら話されると、「喉がかわいた。何かくれないか」とおっしゃいました。
「ぶどう酒をお出ししなさい」
神父さまがそうおっしゃるので、私はご祈祷に用いるぶどう酒を瓶から錫の杯に半分ほどついで、お客様にお出ししました。
「ありがとう」
お客様は私から杯を受け取ると、ぶどう酒をごくごくと一息に飲み干されました。そして、
「俺は伝説の勇者だ。この世界を危機から救った。世間知らずの君たちは知らないだろうがね」
誇らしげな口調で語り始めました。