「酷いことになったわね」
王室のバカンス史上も初の事故だったのか、いつもクールなシシリーもさすがに眉を曇らせていた。
王室専用の大型帆船は沈没こそしなかったものの、船内に水が溜まってしまったらしい。満潮時を狙えば船を動かせるらしく、荷物の運び出し、船底の補強など船に残った船員たちは作業に追われていた。私は濡れても透けにくい服を選んできて良かったと思いながら、人気のない浜辺まで歩くとルースさまにあるお願いをした。
「ルースさま、ちょっと泳いできてもいいですか」
「えっ? 今ですか??」
「船が座礁した理由、どうしても確かめたくて。お願いします」
私はそれだけ言って頭を下げると、脱いだ靴をルースさまに預けた。そして夏用の薄いドレスに裸足のまま海に入ると、大型帆船に向かって泳いでいった。
ルースさまは後から「気が気じゃありませんでした」と仰っておられたけれど、私はこの程度の海なら子供の頃から泳ぎ慣れていたので造作もなかった。夏で水温もちょうど良かったし、穏やかで澄んだ海にはカラフルな魚もたくさんいて、バカンス中また泳ぎにこようと思ったくらいだ。
今は座礁した原因を調べないと。私は船体の周りを一周してから、海に潜って何にぶつかったのか調べた。海底には最近沈んだと思われる漁船があって、これにぶつかって座礁したんだなと私は思った。
私がスイスイ泳いで浜辺に上がってくると、シシリーが待ち構えたように言った。
「サーシャ、あなた泳ぎが上手ね!」
「子供の頃から海で遊んでいたので」
私はシシリーに褒められて照れたけれど嬉しかった。
「海底には漁船が沈んでいました。魚たちもまばらなので、沈没してまだ数日だと思います」
「じゃあ、それにぶつかって座礁したのね」
シシリーは顎に手を当てながら考えている。
「でも妙です。こんな浅瀬に沈没船があったら危険ですから、すぐ片付け始めるはずです。王室の帆船が到着するとわかっていれば余計に」
私は疑問に思って言った。さっき絶妙のタイミングで島から救助の船がやってきたことも妙だった。何か匂う。
「誰かがわざと沈めたということ?」
シシリーは鋭く問うた。
「まさか。この島には子供の頃から来ていますが、皆親切な人ばかりですよ」
ルースさまがそう仰るので、私はある仮説を半ば確信しながら言った。
「これは人魚の仕業じゃないでしょうか」
「人魚? 神話の?」
シシリーが怪訝な顔をして言うので、私は静かに続けた。
「海に妨害物を沈めわざと船を座礁させておきながら、何食わぬ顔で助けにきて謝礼を受け取る狡い人たちがいて。私の島では人・魚・と呼ばれて嫌われているんです。一種の海賊でしょうか。地元民を武器で脅したりお金で黙らせたりするので、皆何も言えなくて」
「可能性はあるわね」
シシリーはルースさまと顔を見合わせると鋭く頷いた。
「船員たちに知らせましょうか?」
「はい。ただ海賊が地元民に化けている可能性もあるので、大っぴらにはしない方が良いと思います。安全に帰れるめどが立つまでは、騙されたフリをしていた方がいいかと」
「卑怯なことするわね」
シシリーはキッと目を尖らせると向こうへ行ってしまった。
「サーシャ、無事で良かった……」
ルースさまは海水で濡れた私を大きなマントで包んで下さると、滞在先の別荘まで連れて行ってくれたので、私はそこでシャワーを浴び、着替えさせてもらった。