シシリーがパレードの馬車に同乗すると言うので、レオナルド陛下はとても喜んでおられた。いつもよりウキウキしたご様子で沿道の市民に手を振って下さる。陛下は特別女好きという感じではなかったが、とにかく明るく朗らかで、
「僕は全国民を愛し、全国民に愛される存在ですから!」
と常日頃笑顔で言っておられるくらいなので、老若男女誰からも慕われるお方だった。お爺様の代から大きな戦争もなく国が平和だったため、人を疑うことをお知りにならない感じもあるけれど。
私はシシリーの無事が気になって陛下の馬車ばかり目で追っていたが、シシリーが陛下の隣で市民に手を振る、ということはなかった。馬車の中でじっと身を潜めているようだ。
私はルースさまに合わせて、馬車の窓から沿道の皆さまに笑顔で会釈しながら気が気ではなかった。ルースさまは大聖堂の司祭様として町の人々にも身近な存在なので陛下と共に人気があり、祝福の歓声が止むことはなく、パレードはとても盛り上がっていた。
普段から町を守る警察に加えて、海軍兵士も長銃を提げ、一定間隔に立って警護してくれていたので、パレードは順調に進んでいった。
大丈夫、そうかな……。
私はルースさまをじっと見つめると目で尋ねた。ルースさまも穏やかにうなずいて下さる。
陛下の馬車が王宮の門に近づき、そのまま滑るように中に入るかと思われたとき、つと馬車を止めて、中から陛下が出てこられた。
「みんな、どうもありがとう!」
東西南北と向きを変えながら、陛下は取り巻く市民へ大きく手を振って下さる。一分近く歓声に応えられてから、馬車に戻ろうと陛下が踵を返された時だった。陛下の前にスッとドレス姿の美人が降り立ち、城門に掲げられていた国旗を抜き取るとバサッと大きく掲げた。そこへバン、バンと乾いた銃声がして。陛下は地面にうずくまるようになさる。
ドレス姿の美人は馬車の底に隠していた長銃を取ると狙いを定めてズドン、ズドンと二発撃った。近衛兵が陛下に駆け寄り、辺りは騒然となって。私はあまりのことに声も出ず、ルースさまにしがみついて震えていた。
陛下の後ろに連なっていた王族関係者の馬車が次々王宮に入り、私たちの乗る馬車まで入ると、近衛兵に抱えられた陛下も馬車に乗せられ、王宮に戻られた。騒ぐ市民たちとそれを制する警備隊の声を残して、王宮の門は固く閉ざされた。
◇◇◇
王宮の大広間にはこの後行われる晩餐会の準備が整っていたが、私はとてもそんな気分になれそうもなかった。陛下はお怪我もなくご無事だったようで、私たちはホッと胸を撫でおろしたけれど、
「シシリー、大丈夫!?」
陛下はむしろシシリーの心配をなさっておられて。シシリーは長いスカートの裾に弾丸を受けていたが、無傷なようだ。あの場で国旗を広げたのは標的である陛下を見えにくくするためらしかった。
「シシリー……」
私も思わずシシリーに駆け寄ったが、
「平気よ。あんな弾、当たらないわ」
シシリーは平然としていた。そして
「二人の肩と脚に命中させました。陛下、狙撃手を捕えて今すぐ調べて下さい」
と、ほとんど命令するような口調で陛下に言う。
「うん、わかった!」
陛下は大きくうなずかれると、
「シシリー、すごいねえ! すっごくカッコよかった!」
感動した様子でシシリーの両手をぎゅっと握られた。
「ありがとうシシリー! 僕を守ってくれて!」
「いえ、当然のことをしたまでです」
シシリーは陛下に両手を握られ動揺していたが、冷静に答えた。
「僕、シシリーにハートを射抜かれちゃった。シシリー、僕と結婚してくれない?」
陛下が興奮気味にそう仰るので私は驚いてしまった。確かにドレス姿で長銃を撃つシシリーはめちゃくちゃカッコよかったけれど……。
「私、陛下のような軽い方、好きじゃありません」
国王陛下からの求婚をにべもなく断るシシリーに、私は再度驚いた。
「うんうん、そうだよね。僕軽いもんね。シシリーはどんな人が好きなのかな?」
陛下はシシリーの拒否に動じるご様子もなくうんうん頷かれると、会話を続けた。
「私より強い方でないと嫌です」
シシリーは迷うことなくそう言って。私の隣に立つルースさまが、少し目を細める。
「僕、陸軍と海軍の統率権を持ってるけど、他に何軍を作ればいいかな?」
陛下が無邪気にそう仰ると、
「そういうことではございません。心身の強さということでございます」
シシリーはイラッとした様子で返した。
「そっか、僕頑張るね! 手始めにシシリーから射撃を手取り足取り教わりたいな!」
「えっ?」
陛下がシシリーの手を握ったまま笑顔でそう仰るので、シシリーは初めて困惑した様子を見せた。
「僕と一緒にこの国を守ろう! シシリー」
「……」
こ・の・国・を・守・る・という単語が効いたのか、シシリーは黙ってしまった。何より、あのクールで何事にも動じないはずのシシリーが少し頬を染めていて、私は陛下って凄いと思った。最高権力者らしい怒涛の攻めだ。陛下、軽いけれどお強い……。
「と、とにかく、狙撃した者の調査を」
「そうだったね! その話は二人きりでじっくりしようか」
陛下は照れるシシリーをなだめるように肩を抱き寄せると、向こうへ連れて行ってしまわれた。私は陛下のあまりにも見事な手腕に舌を巻きながら、思わずルースさまを見上げた。ルースさまも苦笑して肩をすくめておられて。
国王陛下を凶弾から護ったシシリーが全国民から祝福されて王妃となられたのは、それから半年後のことだった。シシリーのおかげでリベルスタン王国にも平和が戻って。私たちは次の夏、海賊を駆逐したあの島で新婚旅行を兼ねたバカンスを楽しんだ。少し大きな釣り船に今度は陛下もお乗せして。
「シシリー、僕のハートも釣り上げて!」
「レオ、糸を見て」
ご結婚なさっても相変わらずのご様子のお二人に癒されて、私とルースさまはふふふと幸せに笑った。