むかし、ある勇者が
魔物を退治しに洞窟へまいりました
魔物は洞窟の奥深く
静かに息づいております
魔物は黒い衣をまとっていました
背を伸ばして顎を引き
座して目を閉じておりました
「なぜ罪もない人々を殺すのか」
勇者は怒ってたずねました
怒った瞳で見つめたまま
鞘からするりと剣を抜きます
「なぜ災厄でくるしめるのか」
魔物は驚いて息をつきました
罪があるとかないとか
善悪
そんな理由で人を殺したことは
魔物には一度もありませんでした
「覚悟!」
勇者が近寄りざま
勢いよく剣を振り下ろしたとき
まばゆい光が現れて
勇者の視界を灼きました
光の手が軽くふれて
勇者の剣を撥ねつけます
無言で見つめる勇者の前には
光のかたまりがありました
まばゆい衣をまとったものが
魔物を守るように
こちらを向きました
冷たい瞳と目が合って
勇者は動きを止めました
光は闇を包み抱くと
さらって
洞窟を去ってゆきます
「待てっ……」
勇者は思わず声をかけました
魔物を追って駆け寄ると
そこには
洞窟の入口の光だけ
明るく丸くさしていました
その日より
勇者の世界から
死の訪れは消えました
抱きしめて闇に眠らせる魔物は
永久に
奪い去られてしまいました
嫌われ役の引き受け手は
誰もいなくなってしまいました
今では勇者が
魔物を惜しんで
時折
人々の首を刎ねました