「冷泉さんから大事な話がしたいって言われたんだ。兄貴悪いけど、明日一緒に来てくれない? 誰も来ないか見張っててほしくて」
光《ひかる》が真剣な顔で言うので、俺もうなずいた。
「いいけど、俺は聴いちゃって大丈夫かな」
「構わないよ。黙っててくれれば」
光は今から不安そうにしている。
「大丈夫だよ、きっと」
冷泉さんは、過去の変えられないことを責めたりはなさらないだろうと俺は思った。ただ今のつらいお気持ちを思うと、短期間でも光が帝位に就いてはどうかとも思うけれど……。
次の日の午後、冷泉さんからお召しがあって俺たちは伺った。俺は厳重に人払いされた御簾の外の見晴らしのいい場所に立ち、誰も来ないか念のため見張っていた。
◇◇◇
「母上が私を、時折とても悲しそうな目でご覧になることがありました。私に見せぬよう、そっとため息をつかれるのですが。その悩みのために私が即位した後も昼夜のいとまなく祈っておられるようでした。そのご無理がたたってお体を壊されたようにも思われます」
冷泉さんは昼御座におられない。光と同じ目線になるよう、床に座られたのではないか。小さい声だが会話が漏れ聞こえてくるので俺はそう思った。俺は冷泉さんのお声が一番近くに聞こえる御簾の前に座り直し、誰も来ないか見張りを続けた。
「私にはそれが歯がゆくてなりませんでした。思うことは全て仰って頂きたかった。私たちは親子です。どのような罪も共に負えると私は思っていた。私のような者でも、母を守る力になれればと」
罪……。そのつらい言葉に俺の胸は痛んだ。冷泉さんの誕生は罪なのだろうか。これほど美しくご聡明でお優しい方が、罪の子だろうか。俺は神仏を問い詰めたく思った。光はずっと黙っていて。落ち着いた冷泉さんのお声だけがかすかに聞こえる。
「母上亡き今、今度は私がその祈りを受け継ぐべきではないかと思っています。ただ、一人ではあまりにも重くて……。もし許されるのであれば、私も仲間に加えては頂けませんか。私も共に祈りたい。できることは償いたい。罪だというのなら、私も共に負います」
冷泉さんはここまで話されたあと、だいぶ長い間黙っておられた。
「私の存在は、無いほうが良かったですか」
「そんなことあるわけない。貴方は俺たちの、希望でした」
かすかな衣擦れの音がして。光が冷泉さんを抱きしめている気配がした。涙を抑える声が震えて。
「父上と……お呼びしても?」
「うん。今まで言えずに、すまない」
ふたりはしばらく動かずに、すすり泣きの声だけがかすかに聞こえた。冷泉さん……今まで秘密にしてしまって、すみません。
俺は親子水入らずにして差し上げたい気持ちしか無かったが、誰か来てもいけないしと思ってこの場を無言で死守した。影になって守ろう。近くて遠かった二人が、やっと再会できたのだから。
「私は、どうすれば……」
「気に病むことないんだよ、俺も支えるから。春宮様が大きくなられるまで、この国を任せられないかな」
光は優しく、諭すように言っていた。譲位を迷う冷泉さんを励ましているのだろう。俺は息を殺して座しながら胸がいっぱいになっていた。
冷泉さん、おつらいだろうな。ただこういう大切なことを何一つ隠すことなく話せるようになられたのは良かったと思う。光も今まで黙っているのはつらかっただろう。一生言わない覚悟だっただろうから。十四年経って、二人はやっと親子に戻れたんだ。
「じゃあ夕霧くんは私の弟なんですね」
「うん」
「話しても?」
「いいけど、あいつ秘密守れるかなあ」
光が言うと、冷泉さんはフフフと微笑まれた。冷泉さんに弟が、夕霧くんに兄ができたんだ。俺は感動しながらとても嬉しくて。これから二人が支え合い、もっと仲良くなれるといいと思った。