国王陛下とのダンスは緊張した。元々ダンスは得意じゃないから……。ドレスの裾を踏まないように、背筋を伸ばし、視線は上げて……私は自分のことばかり考えて踊っていたけれど、陛下は私のステップに常に合わせて下さって、美しく優雅だった。
「叔父上のことが気になりますか」
「はい」
さりげなく問いかけられ、答えてしまってからハッとして、私は陛下の目を見つめた。
「さっきからずっと見ているようだったので」
たしかに私は、白いバラの首飾りの彼女に連れて行かれたルースタッド殿下を目で追っていた。二人は恋人同士なのかな? 少なくとも彼女は殿下のことが好きなようだけれど……。なんて、国王陛下とのダンス中に他の方を目で追うなんて、失礼すぎるよね。
「すみません」
「いえいえ。私は嬉しいのです」
陛下はニコッと微笑まれると、自然と柱の陰にくるようダンスしながら私を誘導して下さった。
「叔父上は私の叔父ですが六歳しか離れていないので、兄みたいなものなのです」
「そうですか。お若いとは思いましたが」
「とても優しくて良い方ですよ!」
ニッコリ笑ってそう仰る陛下もとてもいい方そうに見えた。ホッとする笑顔が殿下と似ておられて。優しいご家系なんだと思う。
「叔父上は凄いのです。乗馬やピアノもうまいし、祈りに必要な聖句も全て暗記しているんですよ!」
「それは凄いですね」
「優秀で努力家で、少しでも国に貢献できるようにと司祭の資格もお取りになって。眼はお悪いですけど、とても立派な方です」
「そうですね」
陛下が我が事のようにルースタッド殿下をお褒めになるので、私も嬉しくなって頷くと、
「叔父上ともっとお話されませんか。呼んできますから!」
陛下はそう仰って、私を置いて跳ねるように駆けて行ってしまわれた。国王陛下を使い走りにしたようで申し訳なく思ったけれど。待てと言われたので、私はそのまま柱の陰で待つことにした。
◇◇◇
音楽が流れ、人々が躍り、舞踏会は進んでいく。私は誰のおしゃべりにも興味がなかったけれど、私に背を向けてある給仕がサッと白い粉をシャンパンに混ぜるのを目撃して、見て見ぬふりをしながら聞き耳を立てた。給仕の耳元でしきりに何か囁く令嬢がいて、どうも彼女が指示を出しているようだ。
「よく混ぜて。入れすぎてはダメよ。一晩眠らせられればいいの。既成事実さえ作ればいいのだから」
お酒に薬を混ぜるのは危険なので、私は止めようと思った。でもここで止めてもまた別の場所で同じ物を用意されては困ると思って、一体誰に飲ませる気だろうと私は給仕の後を追うことにした。
給仕は令嬢の指示をうけ、何食わぬ顔で薬入りのシャンパンを運んでいく。私は給仕に気づかれないよう、時々立ち止まりながら後を追った。その給仕はなんとルースタッド殿下の元まで歩いて行くと、例のシャンパンを差し出した。私は何と言ったらいいか困ってしまって、シャンパンを受け取った殿下の袖を思わずひしと掴んでしまった。
「すみません、殿下」
「ああ、サーシャ様ですね。今そちらに行こうと思っていたのです」
ルースタッド殿下はそう仰って微笑んでおられる。
「ここは騒がしいですから。どこか静かな場所へ行きましょう」
さっきのように私の手を自分の腕に絡ませて下さると、ルースタッド殿下は静かに歩き出した。私は殿下の持つシャンパンが気になって仕方なかった。薬が混ぜられていたのは多分これだと思うけれど、間違っていたらどうしよう。何と言って飲むのを阻止したらいいかな?
背の高い殿下はゆっくりながら人混みを器用によけて、私をバルコニーまで連れてきて下さった。別の給仕に声をかけ、私の分のシャンパンも受け取って下さる。いけない、乾杯したら口をつけてしまう。私は焦って、薬入りのシャンパンを持つ殿下の右手ごと両手でぎゅっと掴んだ。そして
「ごめんなさい!」
急に頭を下げると、細いグラスの殿下のシャンパンを一気に半分ほど飲んでしまった。