この年の冬には新嘗会があるため、貴族たちは五節《ごせち》の舞姫を選出した。入道宮さまが亡くなられて去年は行われなかったぶん、今年は力が入っているようだ。舞姫たちはそのまま宮仕えに入るようなので、自分の娘を舞姫に出す貴族も多かった。さらに女性が増えるのか……。俺は冷泉さんのご負担を思ったが
「大丈夫ですよ」
冷泉さんは余裕の笑みで座しておられた。
「誰でも愛せます」
相手の方さえ望めば、と冷泉さんは仰った。
「そうですか……」
俺は改めてすごいなと思って。帝としての格の違いを感じた。冷泉さん、少し雰囲気変わられたかな……?
ご自身でも気づかぬうちに無理をされておられないといいけれど。冷泉さんは俺よりはるかに上手く人・形・になれそうな気がして。心配にもなった。
「五節って何?」
「五節の舞姫のことですよ。五穀豊穣を神様に感謝するお祭りで舞うのです」
春宮が尋ねるので母である承香殿さんが答えていた。春宮は七歳になっている。
「私も舞姫が見たいです!」
春宮がそう言うので承香殿さんは困った顔をして俺を見た。
「帝に頼んでみますね」
俺は恐る恐る冷泉さんに頼んでみたが
「いいですよ」
冷泉さんは二つ返事でお許し下さった。引退後も御所内をウロウロしたりして、俺はわがまますぎるだろうか。春宮のわがまままで押し通してしまったようで恐縮した。
「すみません、勝手ばかり申しまして」
「構いません。私が許しますから」
冷泉さんは笑顔で仰って。俺が言うより百倍説得力があるなと思った。権力濫用になっちゃうかなあ。当日御所に来ていた光にも相談したが
「春宮様がお望みならいいに決まってるよ。さ、どうぞこちらへ」
光は冷泉さんよりさらに春宮には甘く、自分の隣へ春宮を座らせた。
「任せて大丈夫?」
「もちろん」
自分が率先して世話をしたいように見えたので、俺は光に春宮を任せてこの場を去った。俺はこの五節という行事が何故か苦手で。普段なら姿を見せない貴族女性が皆の前で舞うというのは重大事というか、見世物にされるようでジロジロ見てはいけない気がした。もちろん神事なんだけれども。
春宮を光に任せたことを女房たちに伝えて、俺は準備で賑わう御所を去ろうとした。だが人波に逆行しているためなかなか車で出られそうにない。俺は諦めて五節が終わるまで待っていようかなと思った。そこへ偶然、
「夕霧くん」
濃い藍色の衣を着た夕霧くんに出会った。夕霧くんは口元の傷も癒え、端正な顔立ちに戻っている。夕霧くんは俺の呼びかけに立ち止まったが、いつもと違うぼんやりした表情をしているように見えた。それが困惑を示しているのだと気づくのに少し時間がかかった。
「どうかした?」
「いえ」
夕霧くんは文を持っているようだった。
「誰かに渡すの?」
「いえ、もらいました」
どこか戸惑いがちに話す。
「よかったね」
俺は恋文なのかなと思った。夕霧くんは格好いいから、元服したら早速モテそうだ。
「近寄らないようにしてたのに、なんで向こうから……」
夕霧くんは勝手が違うという顔をしながら、ともかく文をしまった。
「知ってる人?」
「惟光さんの娘です」
惟光というのは光の乳母の子で、須磨にまで同行した光の腹心の部下だった。
「ああ、今日の舞姫の」
夕霧くんは恋文をもらったにしては深刻そうな顔をしてしばし考えている。やがて軽くため息をつくと俺に一礼して去っていった。どうしたのかな。俺は不思議な気持ちで夕霧くんの背を見送った。