レイクロード家は国境伯ですから、領地は文字通り国境沿いにあります。王都にある宮廷舞踏会を訪れるにあたって、ヒューは一人も従者を連れて行かないよう私に頼みました。
「誰もついてこさせないで。僕と姉さまの二人だけで行きたいんだ。大丈夫、必要な手配は全部僕がするよ」
メイド長のエマなどはついて行きたいと最後まで強く申し出ましたが、ヒューの意志は固く、「いい機会だからみんな休んできなよ」と従者たちに臨時休暇まで出してしまいました。ヒューは王都に知り合いが多いのか、執事然とした無口な男性を一人雇ったようでした。舞踏会から宿に戻ると、私が脱いだドレスの処分を命じます。
「新しいの、買ってあげるね」
「捨てるほどではないんじゃない?」
私はもったいないような気がして控えめに言いました。上質な布地ですから、何かに再利用すればと思ったのです。
「あんな男に触られた服、捨てて当然だよ」
ヒューは冷たい口調で有無を言わせませんでした。そのいっぽうで
「そのドレス、とてもいいね。やっぱり姉さまには菫色が良く似合う」
ヒュー自身が見立ててくれた、白地に薄紫のシルクシフォンがあしらわれたナイトドレスを着た私を、ニッコリ笑って褒めます。ヒューは若いのに博識というのか、世故に長けるところがあり、貴族のしきたりはもちろん、庶民の暮らしや制度についても熟知しているようでした。私が何を訊いても「知らない」ということがないのです。
「今日はもう休もうか」
私とヒューは隣り合ったベッドに腰掛けると、就寝前の温かいお茶を頂きました。ヒューはカップのお茶をグッとほとんど一息に飲んでしまってから
「姉さま、なんで結婚しないの?」
さりげない口調で私に訊きました。
「見合い話とか来てるんでしょ。全部断ってんの?」
「前は来ていたけど、今は全然よ。七月で二十歳だし、もう完全に行き遅れね」
私は自嘲気味に苦笑しました。
「自分でも不思議なほど、結婚したいという気持ちがないの。あの家が好きだから、ついずっと居たいと思ってしまって」
「なら婿を取ればいいじゃない」
「そんなことできないわよ。レイクロード家にはヒューがいるのに」
私は笑って、お茶のカップをソーサーに置きます。
「そろそろ出て行かなきゃいけないわよね。いつまでもいたら、ヒューの未来の奥様にもご迷惑だろうし」
ヒューはしばらく無言で私を見つめていましたが
「姉さまもしかして、今まで誰とも付き合ったことないの? キスは?」
慎重な様子ながら、かなりストレートな質問を投げかけてきました。
「まさか……誰とも?」
私はそこまで言われるとしょんぼりしてしまって
「ごめんなさい」
この優秀な弟にいつも迷惑をかけてしまう未熟な自分を力なく恥じました。