七月になり、朧月夜さんが元どおり尚侍として御所に戻った。
「本当にすみませんでした……」
しょんぼりして俺に謝ってくれる。
「いいんですよ。悪いことをしたわけじゃないですから」
俺はなるべく励ましたいと思った。
「私をあの方と同じ場所へ追放して頂けませんか」
「お気持ちはわかりますが、光の罪が重くなってもいけませんので」
須磨の浦は景勝地ではあるが少し寂しい場所で、風が強まり波が高くなる日もあるようだった。光は従者数人を連れているだけだというし、ただでさえ女性が押しかけて行っては困るだろう。それが渦中の朧月夜さんでは明らかに「反省の色無し」と映るし、駆け落ちと思われても不都合だった。光には戻ってきてもらわないと俺が困る。
「なんとか止めたかったのですが、俺の力が及びませんでした。すみません」
俺は逆に彼女に謝った。女性は物じゃないのだから盗った盗られたもないはずだ。こんな理由で追放とは、俺のほうが辱められている気持ちになる。
「必ず帰ってきますよ。待ちましょう」
俺がそう言うと、朧月夜さんは少し嬉しそうな顔をした。
「悪口を言われて居心地が悪かったら清涼殿にいて下さい。ここの女房は皆良い人ですから」
「はい」
彼女は嬉しそうにうなずくと、本当にかなり頻繁に俺の側にいるようになった。居るのはいいのだが少し距離が近い。彼女はとにかく背後が好きで、気づくと俺の肩越しに物を見ていたりする。
「もう少し、離れてもらえますか」
「嫌です♡」
「……」
俺は彼女が元気になってきたならまあ良いかと思って諦めることにした。
◇◇◇
もう一つ俺の気がかりは、承香殿さんが妊娠したのではないかということだった。
「まだ確かにはわからないのですが」
彼女は控えめに、照れたように笑っている。
「お体は大丈夫ですか。どこもつらくないですか」
俺は心配になっていろいろ尋ねた。これまで娘を産んで下さった方はおられたが、彼女は初めてだし、妊娠って一人ひとり違うので毎回緊張する。
「何か好きなものがあったら取り寄せましょうか」
「そうですね、果物がさっぱりして食べやすいです」
「わかりました」
俺はちょうど秋なのでナシやブドウを頼もうと思った。
「他にも欲しいものがあったら何でも言って下さいね」
「はい。そんなに気にして頂けて、嬉しいです」
彼女は幸せそうに微笑む。
「元気な子を産むよう努めますね」
「あなたが元気でいて下さるのが一番大事です」
俺は思わず彼女の手を取って言った。
「ふたりで育てましょうね、きっと」
「はい……」
俺は彼女の手のぬくもりを感じていて。一人で置いていかれるのだけは嫌だった。でもそんな縁起の悪いことを言えるわけはなくて。彼女もお腹の子も頼むから無事でいてほしいと思った。