その年の秋、珍しく中宮さまが冷泉さんに会いに御所に来られることになった。父上が亡くなられてから女御、更衣だった方々はそれぞれ里に帰られ、中宮さまも三條の邸にお住まいだった。本当はもっと頻繁に来たいだろうし俺も来てほしかったけれど、中宮さまはやっぱり抵抗があるみたいで。お・忍・び・で・御・所・に・来・る・というのは不可能なので、来るとなるとどうしても目立ってしまう。
帝直属の親衛隊みたいなものが持てたら俺が二人をお守りするんだけれど。一番の庇護者だった父上がお亡くなりになられ、右大臣や母は健在だし世界中敵だらけに見えているのかもしれない。
久しぶりにお母上に会えるというので、冷泉さんはずいぶん前から楽しみにしておられた。六歳になって字も読み始めていたから、今学んでいる書物やご自身で描かれた絵、新しい曲を習得した楽器など見せたいものがたくさんあるようだ。
「みかど、そこに座って下さい」
「はい」
俺が中宮さま役になって予行演習をしたこともあった。冷泉さんは成長されるほど光に似てきて、スラリと背が高くお美しくて賢そうだった。
「今日大将はきますか」
「ええ、来ると思いますが」
「母上と大将に見てもらいます」
冷泉さんがニコニコ仰るので、光のことを本能的に慕っておられるのかなと思って俺はじんとした。冷泉さんは俺が即位してから梨壺を春宮坊にされて、隣の桐壺を宿直所に使う光と親しく交流されている。たとえ親子だと言えなくても同じ時間を過ごしてくれると良いと俺は思った。楽しい思い出が少しでも多く残るといい。
今回はお母上も来られるので久しぶりの親子水入らずかなと思ったが、光は中宮さまと一緒には来なかった。中宮さまは数日御所に滞在されたあと、里である三條邸にお帰りになる予定だった。
◇◇◇
光は中宮さまの帰る日に合わせて御所に来てくれた。俺は二人きりで話したかったので、人払いをして光には御簾の内に入ってもらった。
「雲林院てとこに行ってたんだ」
光は御所のものより一段色づいた紅葉をお土産に見せてくれる。
「楽しかった?」
「楽しくはないけどね。誦経したりして、出家を考えてた」
「出家するの?」
「今すぐは無理だけど。そのうちね」
光にも出家したい気持ちがあったのかと俺は内心驚いた。若いころ恋人を失い、葵さんを失い、父上もお亡くなりになられて光も苦しかったのかな。今年から世の中も変わってしまったし。光はあまり不満を口にしないから余計心配になる。
「冷泉さんは楽しんでるかな」
「光も一緒に行けばいいのに」
「久しぶりの母子水入らずを邪魔できないよ」
光はどこか遠慮がちに笑った。
「光も入れば親子水入らずになるよ」
「……これ以上嫌われたくないからさ」
光は目を伏せて少し悲しそうに話す。何かあったのかな。俺はさり気なく話題をそらそうとした。
「冷泉さんはとても賢くてね、字を読むようになられてからどんどん成長なさってるよ。さすが光に似てるなと思った」
「中宮さまの御子だからね。俺より血筋もずっと高貴な方だから」
中宮さまの話をする時の光はつらそうで、俺は話題をそらすつもりが失敗したと思った。
「兄貴、俺に『大丈夫だ』って言ってくれない? 『光、大丈夫だ』って」
俺は突然どうしたんだろうと思ったが、素直に従った。
「光、大丈夫だ」
「……ありがとう」
光は俺の言葉をゆっくり味わうように聞くと、
「兄貴ってどこか父上に似てるからさ。頼みたかったんだ。ありがとう」
俺に礼を言って、母子の待つ梨壺に向かった。