「香住ー、でんわ! 3番」
「あ、ハイ」
内線3をポチと押して
「お待たせ致しました。営業部の香住です」
ツー ツー ツー
あれ? すぐ出たと思ったんだけどなあ……
私は首をかしげながら、電話に出てくれた先輩の元へ行った。
「すみません、途中で切れちゃったみたいで。どなたからですかね」
「知り合いじゃないの? すぐつなげって言われたんだけど」
「そうですか……」
「まあ、大事なことならまたかかってくるだろ」
私は先輩に頭を下げながら、嫌な予感がした。
なんだろ、上手く説明できないけど……。
最近家に帰るときも、つけられてるような感覚があって。
誰かが見てる。
そんな気がして、ゾクっとした。
気のせい、だよね……。
「ハルカ! 週末ヒマか? ドライブ行かねえ?」
「いいですね」
部長が明るく声をかけてくれたので、無理に笑顔を作った。
「何お前。何かあったの」
「いえ、ちょっと」
言葉では説明しづらい違和感で。あいまいに笑うしかなかった。
変に心配かけてもいけないし。私の勘違いかもしれないから。
「あとで電話する」
部長は忙しいのに、私あての用事も作ると、さっとフロアへ戻ってしまった。
私は、仕事が早く片付いたのに帰る気がしなくて。ぐずぐずサービス残業をしていた。
帰る時間が遅くなるほど、怖くなるのに。
「ハルカまだ残ってたのか。飲み行くか?」
21時過ぎ、仕事の終った部長が声をかけて下さった。
「アキノも来るってよ」
「すみません、今日はちょっと……」
私はアキノくんに会いたかったけど、楽しい雰囲気に溶け込める気がしなくて、あいまいに笑った。バカだなあ私。泣きそうだ。家に帰るのが怖い……
「お前、ホントに変だぞ」
「部長、私」
私は28にもなって本当に恥ずかしいけど、他に頼める人がいないと思った。
「私と一緒に帰ってくれませんか」
「お前んち?」
「はい」
たぶんすごく不安そうな顔をしてしまってたんだと思う。
「いいよ。送ってく」
部長は深くきかずに、飲みの誘いも断って、私について来て下さった。
◇◇◇
「つけられてんのか」
「心当たりはあるんです。一人だけ」
最寄り駅からの夜道を歩きながら、私はスマホの画面を部長にそっと見せた。
二日前、一方的に届いたメッセージ。
「見つけた」
怖かった。直観的に、遼くんだと思った。
「ハルカでしょ?」
「久しぶりだね」
「ハルカに会いたいなあ」
「怖えな」
見慣れた画面のはずなのに。部長も眉をひそめて見ていた。
「知り合いか」
「学生のとき、付き合ってた人なんです」
まだノンセクだってことに気づいてなかった頃で。
告白されて、試すだけならって、なんとなくOKしてしまった。
遼くんはすこし強引なところがあって。引っ張ってもらえて、楽ではあったんだけど。
「こいつストーカーだろ」
部長は数行の文面だけで、鋭く判断した。
「何かされたのか」
「いえ、まだ何も……」
まだって表現も、待ってるみたいでおかしいけど。
「エッチしかけたけど、どうしてもできなくて。私のせいで。その時の彼なんです」
遼くんはやさしくて、私を責めることはなかった。
「無理しなくていいよ。いつまでも待つから」
そう言ってくれたんだけど。私のほうに、待たれるのがつらい気持ちがあって。
待つってことは、いつかできるようにならないといけないってことだよね。
そのプレッシャーに耐えられなくて。私から、別れを告げた。
「こいつ、お前のこと全然あきらめてないと思うよ」
部長は、とぎれとぎれの私の話も丁寧にきいてくれた。
「家はバレてんの」
「わかりません」
学生時代の部屋からは引っ越してるけど。そんなに遠くではなかった。
やっとマンションの玄関について、郵便受けを開けると
「あっ……」
私宛ての郵便物が、ハサミで真っ二つに切られていた。
ダイレクトメール、請求書、読めないほどじゃないけど。切れ味の鋭いハサミで、真っ二つに。
「部屋ばれてんな」
部長は深刻な顔つきで言った。
「俺んち行こう。お前はここにいないほうがいい」
私の手をとって、すぐ外に出ようとする。
「でも、着替えが」
「じゃあ取ってこよう。俺もついて行くから」
私が着替えをカバンに詰める間、部長は玄関ドアを押さえて待っていてくれた。
不審者を警戒するように、時折鋭く辺りを見回す。
「お待たせしました」
私はもっと持っていきたいけど迷惑になるだろうしと思って、とりあえず2泊3日くらいの荷物にまとめて部屋を出た。
部長がさりげなくカバンを持ってくれて。足早に夜道を戻り、電車に乗って部長の家に向かう。
「本当にすみません」
「いいよ」
部長は電車が走り出して、どんどん駅を過ぎると、少しほっとした表情になった。
「ケーサツには言ったの?」
「いえ、まだ……」
知り合いだし、恋愛のもつれ? だから、怒られるかなと思って相談できずにいた。
「とにかく。お前が無事でよかったよ」
部長がやさしく言って下さるので、私は泣きそうになって窓の外に目をやった。
22時台の電車は空いていて。私はドアに寄りかかると何も考えられずに、過ぎていく夜景を見るともなく見ていた。