夜になり、美味しい夕食を頂いて。私は今夜もここに泊るのだということが不思議な夢のように感じた。
「あの……ひとつお尋ねしてもいいですか?」
私は失礼かもしれないと思ったけれど、どうしても訊いておきたくてルースさまを見上げた。
「私のどこが好きなのでしょう?」
ルースさまはオリーブグリーンの瞳で私をじっと見つめると、懐かしそうに話して下さった。
「私の目がまだ今より見えていた、子供の頃のことです。私は司祭見習いとしてある地方への慰問に同行し、今のように聖堂でオルガンを弾いていましたが、地元の聖歌隊に白いベレー帽をかぶった少女がひとり、小鳥のように可愛い声で歌っていましてね。あの頃はまだお母様もお元気そうでしたが……」
白いベレー帽……六歳くらいの頃かな? 私はあいまいな記憶を何とか引っ張り出そうと努めた。
「昨日あなたの歌声を聴いたとき、あの時の少女があなたなのでは、と思ったのです。それを確認したくてバルコニーに誘ったのですが、私のシャンパンをあなたが飲んで倒れられて。びっくりしました」
「そうですよね。本当すみません」
何度思い返しても恥ずかしくて私がまた謝ると、
「あなたにもしものことがあったら、私は一生償いの人生を送るつもりでした」
ルースさまが冷静にそう仰るので、私は心底驚いてしまった。
「そこまで、ですか……?」
「私が飲むはずだったものを代わりに飲んで倒れられたのですから。生涯祈りと償いの人生を送るつもりでした。昨日から丸一日ほどたちますが、お体は何ともありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「それは良かった」
なんて真面目で責任感の強い方なんだろうと思って、私はルースさまをまじまじと見つめてしまった。
「私も一つ、訊いてもいいですか」
「はい」
この場を和ますようにルースさまがにっこり微笑んで仰るので、私は安心して頷いた。
「私のどこがお気に召しませんでしたか?」
「えっ……」
「私と結婚できない理由が知りたくて。やはり目のことですか」
「いえ、そんなことはないのですけど」
私はどぎまぎしてしまって、首と両手を振って否定した。
「マーレタリアは小さな島ですし、私なんかと結婚なさって大丈夫かなって。その、体面的にも」
どんな社交の場もたいてい男女ペアで参加するので、ルースさまの隣が私で恥ずかしくないか、私は心配だった。ルースさまの格を下げるんじゃないかって。
「私は八人きょうだいの末子ですし、眼鏡がないと字も読めないくらい目が悪いので、王家の戦力としては数えられていないと思います。そのせいで飾・り・として狙われるところはあるのですが」
ルースさまはその程度の理由かというようにホッと息をつかれると、優しく仰った。
「私も、形だけの結婚は好きじゃありません。結婚するなら好きになった人と、とずっと思っていました。これでも一応司祭ですから。自分に嘘はつきたくないのです」
ルースさまが同じように考えて下さっていたことを知って、私は嬉しく思った。
「私はあなたを好きになりました。他の方に心を移すつもりはありません。一生かけて証明してみせますから、私のそばで、ずっと見ていて下さい」
「はい」
これほど真摯な告白を受けて、私はもったいないような、身の引き締まるような思いがした。この方は本気なんだ。私も本気だけれど。お互い絶対に浮気しないことを証明する、これは一種の勝負だと私は思った。