陛下がしばらく遠出なさることになり、私は寂しいと思いながら、前ほど切実に苦しいという気持ちは少なくて、何かボンヤリした感覚を持っておりました。禁断症状などはないのですが、マタタビのようなあの薬の効果が切れてみればあまりに怖く、正常な自分に戻るまで時間がかかるといった感じです。陛下はご自身も飲んでおられたのに私の反応を楽しむような余裕あるご様子でしたから、理性もお強いんだと思いました。ことあるごとにコンラが私の顔を覗き込むようにして
「大丈夫ですか」
と尋ねるので、私は逆に心配になってきき返してしまいました。
「あの、私、そんなに酷かったですかね……?」
「いえ、ある果実から作った酒で、この国ではよく飲まれている物なのですが、あまりに効いたようだったので。陛下が経過をよく見よと仰っておいででした」
陛下にまでご心配をおかけしてしまって申し訳なかったと私は思いました。妊娠したかと思ったらしていなかったので、ちょっと落ち込んでいた私を励まそうとして、陛下がお気遣い下さったのでしょう。陛下にとっても、異邦人である私の挙動は予測不能なのかもしれません。
やっと平常心に戻れてよかったと思っていたある日、ヨウヒの処から早馬を飛ばして一通の手紙がやってきました。
「陛下が、ご自身の子を身ごもったという異国の女を連れて婚儀を行うらしいって噂が町で広まってるんだけど、本当なの?」
私は全て初耳の情報だったので何と返したらよいかわからず、この手紙をコンラに見せました。
「こんな手紙がヨウヒさんから来たのですが」
コンラはこの薄い手紙をチラと一瞥すると
「妙な噂が広まるものですね」
鼻で笑って全く相手にしない様子です。
「コンラが言うにはその噂は事実無根のようです」
私はコンラとヨウヒの間を取り持つような形で手紙を書きました。すると今度は
「昆羅はいつだって陛下の味方だもの、信用できないわよ。陛下にとって都合の悪いことは平気で隠すし、あなたも騙すわよ」
という手紙が返ってきました。私はこれはさすがにコンラには見せられないなと思いながら、陛下がしばらく帰ってこられないご用事というのはこのことなのかもしれないと思いました。この手紙と前後するように「陛下からお部屋を片付けよとの仰せです」とコンラから言われたこともあり、いよいよこのお城から出て行かなければならないのだと私は感じました。でも一体どこに行けばよいでしょう? ヨウヒを頼って彼女の処へ置いてもらいましょうか。ヨウヒのような仕事が自分にできる気がしませんが……どんな下働きでもして生きていかねばなりません。
「朔様のお部屋は掃除致しますので、陛下の寝室へ移って頂けますか」
「陛下のお部屋へですか?」
私はちょっとびっくりしましたが、陛下のお部屋へ入れることにワクワクしながらお引越しさせて頂きました。陛下のお部屋はベッドも窓も大きくて、とても落ち着く空間でした。家具は作り付けなのでしょうか、凸凹もなくとても広いお部屋に思えます。
高い天井から壁、床にかけて星座が描かれていて、ベッドに寝転ぶと星々に包まれているかのようでした。私はふわふわのベッドの片隅に横にならせて頂きながら、陛下はここでどんな夢をご覧になるのだろうと静かに目を閉じました。