コンラを襲った者たちがその後どうなったか、私には知る由もありませんが、お城にいるうちは大丈夫だとコンラは保証してくれました。陛下は民からの信頼も厚い人気者なのだとばかり思っておりましたが、やはり御命を狙われることもあるのでしょうか。私は陛下のことが心配で、御身のご無事ばかりを祈っておりました。そんな矢先、
「本日陛下がお戻りになられます」
という知らせが私のもとにも届きました。いよいよ陛下が帰ってこられる。お妃様をお連れして……。私は寝間着に裸足でこちらへ連れて来られましたので、衣服も靴もすべて賜ったものばかりですが、身に着ける物だけはそのまま頂いてお城を去ろうと決めました。陛下にお別れのお手紙を……などと思いましたが、邪魔ですよね。何も言わず、場所も知らせず去るほうが良いのでしょう。
身なりを整え、いよいよお部屋のドアを開けてもらおうと私が内側からノックすると、
「今夜はこちらでお待ち頂けますか。陛下からお話がありますので」
コンラはそう言って、パタンとドアを閉めてしまいました。私は最後にお話できるんだ、嬉しいという気持ちと、お会いしたら離れがたくなるだろうというつらい気持ちの間で揺れながら、陛下をお待ちしました。
ベッドに座ってずっと起きているつもりでしたのに。次に目覚めた時、私は陛下の腕の中にいました。いえ、陛下だと思うのですけれど。今夜は暗くて、お顔がよく見えません。
「朔」
私を呼んで下さる御声が陛下で。私は嬉しくて嬉しくて、陛下に抱きつくとそっとキスをしました。おかえりなさい。ご無事で戻られて良かったです。ずっとずっと、お会いしたかった。本当はお別れしたくないのですが……。
私はいろんなことをお伝えしたかったのですが上手く言葉にならず、ただキスだけを重ねておりました。陛下はそんな私をゆっくり受け止めて下さいます。やがて私の髪を撫でると、静かな御声で仰いました。
「余は月《かげ》だ。誰が真の太陽か、わかるか」
「……コンラ、ですか」
陛下がスッと黙っておしまいになるので、私はこれはコンラ本人にも明かされていない秘密なのかもしれないと思いました。
「お背中の大きな傷を見たとき、陛下にはご自身より大切な方がおられるのでは、という気が致しました」
私は静かに申し上げました。陛下は肩の力を抜くように、フーッと大きな息を吐かれます。
「余に尽くしても、無駄だぞ」
「私は……陛下に救って頂いて、本当に幸せでした。叶うならこのまま、お慕いしとうございます」
陛下は私の髪から頬を撫でると、ギュッと強く抱きしめて下さいました。私も陛下にギュッと抱きついて。大切な秘密を教えて下さったことを有難く思います。
私たちはしばらく抱き合っていましたが、やがて陛下は私の左手をとると、薬指に指輪をはめて下さいました。
「失くすなよ」
私はコクンとうなずいて、陛下から贈り物を頂けたことを心から嬉しく思いました。
このまま綺麗にサヨナラなんて頭の中でだけは思っていますのに、体はちっともダメなのですね。その強い腕に抱きしめられるともう離れがたくなってしまって、誰の邪魔になってもいい、誰に恨まれるとしても全力で愛したい、愛されたいと思ってしまいます。
私は永久に陛下の虜《しもべ》でいたいと思いました。もっともっと私に命令して、私を使って下さい。私に触れて下さい、陛下。
月のない闇夜のせいか、今夜の陛下は非常に厳かに、落ち着いて見えました。久しぶりに帰ってきたご主人さまに飛びつく犬をよしよしとあやすように。陛下は私を可愛がり、大切にして下さいました。