19.
「あの子の父親はね、娘に暴力をふるってたの。それで施設が保護して、半径百メートル以内に立ち入らない命令もでたんだけど」
ある日、娘が男の部屋に入り、朝になっても出てこないことを目撃した父親は逆上して通報した
ところを逮捕されたらしい。
張り込みしてたのかよ……
自分で通報して逮捕されるとかレベルが高すぎると随は思いました。
すごい領域にきてしまった
「あなたを呼んだのは、あなたもDV男じゃないか調べたかったからなの」
女性警官は若くていいひとそうでした。
「あなた、家族を刺したことがあるわね」
「はい」
声がやさしくて、随は落ち着いた気持でききました。
「その時の傷は癒した?」
敵に情けをかけられるとはこのことです。
こういうこと訊いてくれるひと、あまりいなかったな
「俺もDV男になるんでしょうか」
随は静かにたずねました。
なりたくないのに
皆そうして
バケモノになってしまうんだろうか。
「わからないわ」
警官は誠実そうに答えました。
もしかしてこの人、警察じゃないのかもしれない
随は不思議に思って話を聞いています。
「相談できる機関があるから。何かあったら言いなさい」
女性はいくつかのパンフレットを紙袋に入れてくれました。
俺を泳がせて何かとれるかな
随は女の手元を注意深く見ています。
人の秘密をよく喋る人だったなと随は思いました。
どこまで嘘か
本当に事情を聴取されただけで、二時間後には釈放されました。
随は七時頃家に帰りました。
「ごめん、仕事場に寄ってて」
遅れることは敬に知らせてありました。
家の中は、灯りがついているのに暗い感じがしました。
「お通夜みたいだね」
随は微笑んで、皆そろっていたので少し恥ずかしい気がしました。
20.
「本当にすみません」
友の服が昨日と一緒で
ずっといたの
随は少し驚きました。
「いえ」
怒る気はなくて、ソファに座らせてやります。
「随さん」
「はい」
友は息を大きく吸って覚悟を決めました。
「けっこんして下さい」
えっ
かなり迷惑をかけたこのタイミングで言うかと思って、永はひやひやしました。
相変わらず久の目が一番きつく光っています。
「いいけど」
随はたやすく答えました。
いいんだ……
敬と王は黙って聞いていました。
随さんの来る者拒まず感が半端ない
王は心配そうに見つめています。
「今すぐはちょっと」
随は目を伏せてゆっくり座りました。
疲れてるんだな
久はそう思いました。
「何でもします。仕事見つけてお金入れます。だからどうか、ここにおいて下さい」
友は必死に必死に頼みこみました。
「ご迷惑かけて、本当すみません」
こいつストーカー気質めちゃくちゃ受け継いでんじゃねえか
面倒な奴がきたと敬は思います。
「俺は、いいけど」
随は笑って敬を見ました。
やわらかな光で
「一筆書いて」
敬は仕方なく、二人入居を許すことにしました。
働いて金入れるくだりを入居条件に加えてやりました。
「大丈夫か? あいつ相当キテるぞ」
車の中で二人は話をしました。
敬はかなり随の結婚を心配しています。
「何かあったら追い出すから」
敬は家主権限を使うつもりでいました。
「帰る家が選べない子もいるから」
随はつぶやいて
「可哀想かと思って」
少し笑いました。
彼女の気が済むまで、ここにいればいいと思います。
「心配かけてごめん」
「それはいいけど」
敬はまだ不満そうです。
「ここは人を呼ぶ家だね」
随はそれを不思議に、うれしく思っていました。
今日もお通夜じゃなかったら、もっと楽しい会も開けるといいと思います。
「家相がいいんだね」
「お前がのんきなだけだよ」
敬はあきれて
まったくもう
ため息がちに眼鏡をあげました。
「家賃上げるからな」
「マジで? いつから」
「あいつに好き勝手させんなよ」
「亭主関白だね」
そういうわけじゃないけど
何かあいつは油断ならないと敬は思っていました。
内装を変えないように、家賃は据え置きで、敬は永と友を送りがてら車で帰っていきました。
随は駆けつけてくれた久と王に礼を言って、家の外まで見送りました。