ふと目を覚ますと日暮れでしょうか、沈む太陽の最後の光が見えました。私がぼんやり首をもたげると、私の左手首をつかんで指をあて、懐中時計を見ながらヒューが真剣な面持ちで脈を測っているのが見えました。ヒューは目覚めた私の顔を覗き込むと、一息に言いました。
「姉さま普段からこんなに寝てるの? どこか悪いんじゃない? 医者には診せてる? お茶に何か盛られてるんじゃないの?」
ヒューがあまり矢継ぎ早に質問しますので、私はぽかんとしてしまって、ただヒューの澄んだ瞳を見つめておりました。
「何か食べない? 食欲ある?」
私はゆるく首を振ります。
「ダメだよ、食べなきゃ。今持ってこさせるから」
ヒューはそう言うと、メイドに指示してパンとスープ、サラダ、肉料理をテーブルに並べてくれました。私はパンとスープだけをゆっくり頂きました。
「いつもこんなに食べないの?」
ヒューはモグモグ食べて次々自分のお皿を空にしながら、母親のように私の体調を心配してくれます。ヒューの食べるさまは見ていて気持ちがいいほどでした。男の子だし、まだまだ成長しているんだと私は嬉しく思いました。
「私はこれ以上育たないから……。ヒューはお腹が空いているのね」
「当たり前だよ」
ヒューは私の分まで難なく食べてしまって、私たちはお皿を下げてもらいました。
「今度から姉さまの診察には僕も同席させて」
ヒューはメイドたちにも約束させると、食後のお茶もそこそこに皆を部屋から下がらせました。ヒューは馬車の中ではだいぶ落ち込んでいるようでしたのに、家に着いた途端見違えるほど元気になりましたので、私は無事に帰ってこられて良かったと心から思いました。
◇◇◇
「もう逃げられないだろうから言っておくけど」
ヒューは私の部屋の鍵を内側からガチャリとかけると、私をベッドに座らせて、見下ろすように言いました。
「僕はそんなに良い人間じゃないから。今まで優しくしてたのは、姉さまを油断させるためだよ」
ストンと私の隣に座ると、私の右手をつかんで、薬指にはまった指輪を冷たく眺めます。
「姉さまより素敵な女性なんてごまんといるんだろうけど。姉さまほど僕をイラつかせる人って他にいないんだ。姉さまを見てるともっともっと困らせて、泣かせたくなる。でもそれが僕以外の男だなんて絶対に嫌なんだ。姉さまを泣かせるのも喜ばせるのも、僕一人でいい」
私は何と返したらいいかわからず、困惑した瞳を向けました。
「そう、その顔」
ヒューはうっとりした目つきで私の顎を撫で、少し上に向けると、長いキスをくれます。
「そうやってウルウルした瞳で泣きそうに困って、僕に赦しを乞うてよ。姉さまはそのために生まれてきたんだから」
ベッドに押し倒されて両手を掴まれると、私は怖くなって目をつぶりました。ヒューの中にはいろんな気持ちが渦巻いていて、これからおそらくその全てを受け取ることになるのだろうと私は思いました。