ふと目覚めると真っ暗で、私は夕べの祈りも忘れて眠ってしまったことに気づきました。すみません、神さま……。
私は寝台から起き上がると、灯りをつけようと手燭を探しました。そこに誰かの話し声が聞こえて。私は裸足のまま手探りでドアの前まで歩み寄ると、そっと耳をすませました。
「寝ている間なんて嫌に決まってんだろ。処女だぞ? 反応を楽しまなきゃ」
勇者様の声でした。誰かとお話しているようです。
「王女との婚礼は想定外だったが、まあいい。あとはお前の好きにしろ」
私は鼓動が早くなるのを抑えるのに必死でした。誰と、話しているのでしょう……。
私はもっと話を聞きたいあまり、かなりドアに寄りかかってしまっていました。ですからドアが向こう側から突然開いた途端、自身の重みでグラリと床に倒れこんでしまいました。
「盗み聞きとはいい趣味してるね、お嬢さん」
◇◇◇
部屋の外には勇者様がおられました。そして、もうひとりは……。
「言い忘れてたな。この聖堂の神父はもともと白ひげの爺さんなんだ。ところが今ここにいるこいつはこんな外見《なり》だ。意味、わかるかい?」
私はぼんやりした瞳で神父さまを見上げました。神父さまはゆるくウェーブした黒髪に灰色《グレイ》の瞳をお持ちの、若い方です。
「こいつも転・生・者・なんだよ」
転生者……。転生者とはいったい、何者なのでしょう。どうして次々と私の前に現れるのでしょう。
「もっと後から正体を明かそうと思っていたのに」
神父さまは残念そうに微笑まれると、床に座り込んだ私の頭を優しく撫でました。
「僕は処女にはあまり興味ないんだよね。寝取って、仕込むほうが好きだから」
にっこり笑って言うその言葉があまりにも怖く、私は逃げなければならないのに腰を抜かしてしまっていました。今夜の絶望は終りではなく、始まりにすぎないのかもしれません。
どうしよう、逃げなきゃ。でも逃げるって、どこへ行けばいいの……? 村の人も、神父さまですら、私は勇者様と結ばれればいいと思っている。
私は床に座りこんだままなんとか後ずさりして、部屋の方へ戻りました。勇者様は神父さまと目を見合わせてちょっとお嘲笑《わら》いになると、
「そうそう、ベッド、いこうね」
震える私を子供のように立ち上がらせて、もといた寝台へ座らせます。私は人形のように固まって、声も出せませんでした。
「そんなに怯えなくても。殺しやしないよ」
勇者様は上機嫌に笑って私の隣に座ると、腰に手を回しました。その指先が怖くて。触れられた箇所から冷たい石になっていくような気がします。
「その表情《かお》、いいねえ。めちゃくちゃそそる」
勇者様が私の顎をくいと持ち上げ、顔を近づけようとするので、私は必死に背きました。すると体重をかけて押し倒され、両手首をつかまれて、私は完全に動けなくなってしまいました。ずれてしまった修道帽から長い髪がこぼれ、勇者様の眼は獣のように光って、夜でも視《み》えるようでした。
「この世界は何なのですか……? この、世界は……」
私は涙声で、やっとそれだけを尋ねました。今まで平穏で幸せだった私の世界は、どうなってしまうのですか……?
勇者様は私の髪に顔をうずめてゆっくり匂いを嗅ぐと、耳元で低く囁きました。
「遊び《ゲーム》だよ。ただの、ゲーム」
◇◇◇
勇者様の唇が私の喉に触れそうになって、私はもう終わりだと思いました。
神さま、ごめんなさい……。私の罪をお赦し下さい。
非力でも、できる限りの力で抵抗すればよかったのに。私の手足は空を切って、まったく勇者様には当たりません。まったく、暖簾に腕押しで……。
上に乗っていた勇者様の重さも感じられない気がして、私はおそるおそる目をあけました。星明りしか頼りにならない部屋でしたが、私に乗っていたはずの勇者様は跡形もなく消え、私の他には誰も、ねずみ一匹いませんでした。
私は驚いて寝台から身を起こすと、辺りを見回しました。勇者様は何か用事を思い出し、部屋の外に出られたのでしょうか。
私は帽子を直してよろよろ立ち上げると、火の消えた手燭を持って部屋のドアをあけました。廊下には神父さまが見張っているかもしれないのに。廊下の灯が欲しくて仕方なかったのです。
不思議なことに、廊下にも誰もいませんでした。私は狐につままれたような気がして。壁の燭台から手燭に火を移すと、しばらくぼんやりしておりました。