ある日、俺の元に変わった贈り物が届いた。
「巻物?」
「左大臣邸からです」
濃い藍色の表紙だった。俺は見たこともないのに海ってこんな色だろうかと想像した。左大臣邸なら葵さんからかな? 随分綺麗な贈り物を頂いてしまったと何気なく中を開けると、ほとんど白紙の巻物だった。ほとんど白紙だが一番最初に墨で絵が描いてあった。見事な調度に御簾と几帳と侍る女房が二、三人、外の景色は見えなくて。
「これが私のすべてです。」
絵の隣には一言そう添えられていた。葵さんの目から見える世界という意味だろうか。俺も似たようなものなので微笑しながら、妙に寂しい気持ちになった。俺は帝になる運命だからこんなものだと思い定めているが、この人はどんな未来を思い描いて大きくなったのだろう。
「絵の得意な人いるかな?」
俺は女房たちにきいて絵を書いてくれる人を探した。そして俺の席に座ってもらって、そこから見える景色を描いてもらうことにした。
「春宮様の御座《おまし》に座るのですか?!」
彼女はとても恐縮していたが、俺がどうしてもと説き伏せてなんとか描いてもらった。葵さんは俺視点で見える景色が知りたいだろうから。
「春宮様もお書きしましょうか」
その人がきいてくれるけれど俺は遠慮しておいた。俺の姿を見てがっかりするかもしれないし、俺を描いてしまったら、葵さんもお返しに自分の姿を描かなければいけないかと気を使わせるのは失礼だと思った。
「これが今の座所です。」
俺も絵の隣に一言添えて。乾くのを待ってからくるくる巻いて使いに渡した。毎回紙をどうしようと悩まなくていいのは便利だな。こっそり文を交わすより堂々としていて真面目な用件のようにも見え、俺の好みにも合った。
「葵さんから文が届いたんだけど……」
「知ってるよ」
ある日俺が尋ねると、光《ひかる》は眉一つ動かさず言った。
「俺に構わず続けて」
とてもアッサリした返答で。五秒もなかった。俺は胸が痛く思った。光は葵さん以外のことで頭がいっぱいなのかな。
「春宮様、行幸《みゆき》の際のお召し物ですが」
「はい」
衣装の色や小物合わせでその日は一日過ぎた。もうすぐ父上の朱雀院への行幸がある。かなり重要な行事なので春宮である俺も呼ばれていた。帝って御所から出るだけで行事になるんだよなあ。いかなる時も御所に鎮座していることが重要なお役目らしい。
「春宮様、こんな御本がありますが大殿《おおいとの》にお届けしましょうか」
奥から出てきた書物好きの女房が、オススメの本を紹介してくれた。大殿というのは葵さんの住む左大臣邸のことだ。
「この蒔絵螺鈿《まきえらでん》の手箱もお贈りしては?」
「ご迷惑にならないかな」
「まさか」
俺は女性へ物を贈ったこともないので勝手がわからず当惑してしまった。でもこの局《つぼね》で働くしっかり者の女房たちが勧めてくれるのだから、従ったほうがいいのかな。
「心のこもった贈り物というのは、中身より誰・か・ら・頂・い・た・か・のほうが重要なんですよ」
「そうなんだ」
いつも文を取り次いでくれる女房が言うので、俺は感心してうなずいた。
「じゃあ皆のオススメを集めて、梅壺からということで贈ろうか」
俺が言うと皆は嬉しそうに微笑んで仕事に取り掛かった。葵さんとの文について女房たちはなぜかとても協力してくれるので、俺はありがたいし頼もしいなと思っていた。