その後どうやって部屋に戻ったのでしょう。何も覚えていませんでした。気付いたらベッドに寝かされていて。多分ヒューが付き添って連れてきてくれたのでしょう。
「ごめんなさい、ヒュー、私……」
私は悲しくて、ベッドに横になったまま、涙ばかりあふれました。ヒューに申し訳なさ過ぎて、何も言えません。
ヒューは微笑んで首を横に振ると、私を撫で、おでこにキスをくれました。お互い何も言わなくて。私は何日も寝込み、懐かしい夢を見ました。
「どうして僕と寝たの? 男なら誰でも良かった?」
「そんなこと、ないけど……」
ヒューの瞳は曇りなく、いつも宝石のように澄んでいました。私はその瞳が大好きで。ヒューに見つめられるたび、ぼんやりした、曖昧な自分がちっぽけに思えます。
「どうして誰とも付き合ったことなかったの? 僕を想ってじゃないよね。男が嫌い?」
「臆病なの。何となく、怖かっただけ」
「ふうん」
ヒューはまだ疑っている様子で私を覗きこみながら、懐かしそうに話しました。
「学生時代、姉さまが今にも結婚しちゃうんじゃないかと気が気じゃなかったよ。女って十五くらいで決められちゃうでしょ? 父上も病気がちで寝てるし、ろくでもない男が婿に来るんじゃないかとヒヤヒヤしてた」
ヒューは十二歳から十六歳まで寄宿学校に通っていました。休暇のたび家に帰ってきてくれるのですが、これまでのように毎日会えるわけではないので、ヒューが大好きだった私は寂しくて仕方ありませんでした。三日に一度はヒューに手紙を書いていたことを覚えています。
「ヒューはとても優秀だったんですってね。飛び級で卒業したって」
「姉さまのせいだよ」
「えっ?」
「一刻も早く姉さまの無事を確認したくて、死に物狂いで勉強したんだよ」
ヒューが恨みがましい目で私を見ながらそう言いますので、私は驚いてしまいました。
「本当なの? どうしてそこまで……?」
「知らないよ。姉さまが僕にお見合いのことまでいちいち相談してくるからでしょ」
「そう、だったかしら?」
「そうだよ。僕が断れって言ったら本当に全部断っちゃって。絶対僕に気があるんだと期待してたのに、帰ってみたら相変わらずのほほんとしてるし。何なの?」
「ごめんなさい」
私は反省して謝りました。
「でもその間に背も伸びて、見違えるほど立派になったわよね。私の中のヒューは、いつまでも可愛い子供のままなのだけれど」
「僕も驚いたよ、姉さまがあまりにも変わってなかったことに。いつまでも子供みたいな顔してボンヤリしてるんだから」
ヒューは辛辣な言葉の割にはあどけない顔で笑うと、私をギュッと抱きしめてくれました。
「まあ、僕が教えてあげたから少しは大人になったかな」
私は恥ずかしくなって、でもヒューの腕に抱かれるのは気持ちよくて、身を任せ、つい甘えてしまいます。
「姉さまって無邪気な子供のようなのに、たまに母親のように大人びて見えるときもあるし。不思議な人だね」
私はヒューの胸に頬を摺り寄せて、熱い鼓動を聞きました。ヒューはいいなあ。ヒューみたいな素敵な人に抱きしめられたら。誰だって恋に落ちてしまうでしょう。
「でもこんなダメな母、いないと思うわ」
「そうだね」
私が笑うとヒューは優しくキスをしてくれました。髪に指を入れて撫でてくれるのが嬉しくて。私はいつまでもずっとこうしていたいと思いました。