草木も眠る午前二時頃でございました。裏の森から遠く、フクロウの声が致します。良い満月の夜でした。私は眠れずに、半地下になった使用人室の冷たい壁にぽっかり空いた、鉄格子のはまった明り取りの窓辺で月を眺めておりました。
石畳を駆ける馬蹄の音とヒヒンといういななきがして、外は少し騒がしいようでした。何十もの騎兵と歩兵たちが城壁を取り囲み、次の指示を待っているようです。やがてダダダダッと重い軍靴の響きが狭い階段を駆け下りてきたかと思うと、
「外へ出ろ」
誰かがバン、と私の部屋の粗末なドアを蹴破りました。帝国軍でしょうか、黒い軍服を着た兵士たちが部屋に侵入し、長銃を私に向けて脅します。私は素手の両手を肩まで上げると、静かに従いました。暗い廊下を歩いていますと、
「エイミ、こちらへ来い!」
父上が私を呼ぶ声が聞こえ、私はそちらに参りました。寝間着姿の義母《はは》上もおられて、長銃を提げた帝国軍兵士がその背をついて前へ歩かせております。私は父上、義母上よりさらに前を歩かされ、城の外へ出ました。何の事はない、親の盾にされた形でございました。
無血開城というのでしょうか、元々少なかった警護の兵も非武装の使用人たちも、ケガや混乱なく逃がされたようで私はホッとしました。帝国軍兵士はよく訓練されており、無駄な殺戮は行わないようです。城内を荒らして金品を強奪することもありませんでした。彼らは非常に規律正しく、私たちに乱暴を働くこともございませんでした。
私たちは太いロープでくるくると後ろ手に縛られると、公開処刑される罪人の如く、石畳の上へ膝をついて座らされました。うなだれて今後のお沙汰を待ちます。住処の城を攻め取られても、私に悲しみはございませんでした。無言でうつむく私たちを、満月が明るく照らしておりました。
「名を申せ!」
どれほど待った後だったでしょう。ほとんど怒号と言っていいほど、大きなよく通る御声が夜陰に響き渡りました。重い瞼を上げると、軍服に黒いマントを羽織った御方が一人、私を見下ろしておられます。漆黒の御髪に金色の瞳をお持ちの方でした。日に焼けた褐色の肌に満月が照り映え、美しく妖艶で……ほとんど神々しいほどでございました。
「言わぬか!」
「エイミでございます」
烈火のごとくお怒りになるので、私は震える声で小さくお答えしました。
「つまらん名だ」
その御方は吐き捨てるように仰ると
「お前は今日から朔《サク》と名乗り、余に仕えよ」
吠えるように仰って、マントを翻して行ってしまわれました。私はただ呆然と、いつまでもその後ろ姿を見つめておりました。