ヒューが言っていた「恋人は一日に三度抱きしめ、十回キスをする」というのは一般的な習慣なのかと私は思っていましたが、どうもヒュー自身が独自に決めたルールのようでした。ヒューはこのマイルールを非常に重視する性格らしく、本当に律儀に、忙しい仕事の合間を縫っては私を抱きしめ、キスをくれます。
私は嬉しいような申し訳ないような気がして、ヒューのスケジュール調整がしやすいよう毎週似たような生活を心がけ、予定は必ずヒューに伝えるようにしました。これほど一途に何かを守るという経験は、今までにない気がします。
ヒューはどれほど腹を立てても、私に手を上げることは決してありませんでした。ケガをさせることもありません。どんなに責めても、私が修復不能に傷つくのを恐れているようなところがありました。壊したいのに壊れてほしくないと思っているような、ワガママで矛盾した気持ちでしょうか。
「姉さまは小さくまとまりすぎなんだもの。もっと僕とぐちゃぐちゃになろうね」
そう言って私にもお酒を飲ませ、朝までご機嫌な時もあれば、
「こんな奴隷みたいな生活から救い出してくれる白馬の騎士が姉さまにも現れたらいいのにね。まあ、一人残らず潰すけど」
鋭い眼光のまま一点を見つめ、ひどく怒っているときもあります。
「姉さま楽しい? 僕は姉さまと恋人同士になれてすごく嬉しいんだ。姉さまは声も可愛いし。姉さま大好き。大好きだよ」
そう言って私の胸に顔をうずめ甘えたかと思えば、
「何も知らずのほほんと育った君が許せない。一生かけて償ってよ。……なーんて、嘘だよ。僕のそばで笑って」
心から切なそうに私を抱きしめ「愛してる」と囁くのです。
ヒューが見せるこうした表情のすべてに本物の感情があるので、私はなんて複雑な人なんだろうと思いました。ヒューは今までどれほどの苦しさや抱えきれない困難を経験してきたことでしょう。
従者たちに指示するとき、仕事の時、ヒューは本当にいろんな顔を持っていて、私以外の人には感情を抑え適切に対処しているようでした。昨日「良いね」と飾った絵を今日には「もう要らない」と言ったりするヒューですが、私のことは今のところ捨てずにいてくれるようです。しばらくしてから「あの絵はどこに行ったっけ?」と訊くこともあるので、私はヒューの嫌う物は目の届かない所にしまっても、捨てはしないようにしていました。
「君は一生僕の中で生きるんだ。僕を通してしか世界を眺められない。井戸に棲む蛙と同じさ。僕の与える快楽しか知らないまま死ぬんだよ」
私の隣で満天の星を見上げながら、ヒューは願うように言いました。我が家には地下牢もあるのですが、ヒューは私をそこに閉じ込めておくようなこともしません。私たちは二人で海に出かけ、波打ち際を裸足で歩いたり、浅瀬で魚を追ったりしました。厳しい言葉と裏腹に、私に触れるヒューの指先は刹那の愛に溢れていて。私は炎と氷に同時に包まれるような不思議な感覚を持ちました。
「あの……何か私にできることないかしら?」
ヒューの仕事を何も手伝えない私は、控えめに訊いてみました。
「何もないよ。元気で、笑ってて」
ヒューはいつもそう言って微笑むと、危険な任務や遠征にも、黙って出かけてしまうのでした。