私はつば広の帽子をかぶり手袋をしながら、土いじりにいそしみました。毎日空はカラリと晴れ、空気は澄み渡っています。陛下はお忙しいのか、飛ぶようにあちこちへ行かれるのであまりお城にはおられませんでした。私は羽根布団をギュッと抱いて、寂しい夜も一人耐えながら過ごしました。身寄りのない女がこのようなお城で養って頂けるのですから、身に余る光栄と思わねばなりません。
私の部屋の鍵は外からしか開けられず、鍵はコンラが持っておりました。私は軟禁されているような形ですが、実際はトイレに散歩にと、頼めば気軽に部屋を出ることができます。コンラは優しく、どこにでもついてきてくれました。そんなコンラがある夜、私に不思議なことを言いました。
「陛下から朔様をお慰めする任を仰せつかったのですが、私がご入用ですか」
私はこの言葉の意味が分からずしばらく固まっておりましたが、コンコンと内側からドアをノックしました。これは私が部屋を出たい時にする合図です。コンラは静かにドアを開けてくれました。
「あの……ちょっとお言葉の意味が分かりかねるのですが」
「そのままの意味ですが」
コンラは軽く首をかしげると
「共に寝ましょうか、ということです」
と簡潔に教えてくれました。私は口から心臓が飛び出そうなほどびっくりしてしまって
「ごめんなさい」
思わずドアを閉めてしまいました。
「私がお嫌いですか? 他の者を寄越しましょうか」
「いえ、そういうことではありません」
私はドアに背を預けてもたれたまま、胸を押さえて何とか動悸を静めようとしました。なんということでしょう。これも帝国の習慣なのでしょうか。
「ご気分を害されたのならすみません」
コンラはドアの外から心配そうに謝ってくれます。
「いえ、こちらこそ取り乱してしまってごめんなさい」
私は目を閉じて大きく深呼吸すると、何とかコンラに謝りました。こんなに親切にしてもらって、コンラのことを嫌いなはずありません。でもそういう目で見たことは無かったので驚いてしまいました。陛下がそうお命じになられたということも、私には大変ショックでした。私はもう用済みなのでしょうか。もう二度と、陛下に触れて頂くことは叶わないのでしょうか……。私はあまりの悲しみに涙も出ず、その場に力なく座り込んでしまいました。その後何日か食事も喉を通らず、ただぼんやり、ベッドで寝込んでおりました。
そんな私の怠惰が陛下の御耳に入ったのでしょう、陛下はまた突然私の部屋へやってこられました。ある夜眠っていた私が目を覚ますと、いつになくお怒りになった陛下が氷のような冷たい瞳で私を見据えておられました。
「昆羅と寝ろと言ったな。なぜ寝ない」
陛下の御声は静かでしたが、かなりの憤怒が見てとれました。
「余の命に従えぬなら、今すぐ死ね」
そう仰いながら太い刃のナイフをスッと私の首元にかざされるので、私はホッと安堵して微笑すると、思わず涙をこぼしてしまいました。
「なぜ笑う」
「陛下にお会いできたのが、嬉しくて……」
私はこのまま殺されてもいいと思っていました。陛下はいつも月光の下にしか現れぬ精霊のようです。
「昆羅の何が気に入らぬ」
「そんなことはございませんが……ただ、陛下にもう一度お会いしたくて」
私はこの御方を前にこれほどスラスラ言葉が出てくるのは初めてだと思いました。もう死ぬのだと思うと、恐怖が軽減されたのかもしれません。
「コンラは素晴らしい人だと思いますが、私は陛下のことが忘れられないのです。陛下の代わりなど、誰にも……」
私は陛下が好きで好きでたまらなくなっておりました。過ごした時間の短さが思い出を美化させている面はあると思いますが……。陛下の魅力は、とても忘れられるものではありません。私はこれほど怒らせてしまって申し訳ないと思いながら、その怒りに震える瞳も美しいと見惚れておりました。こうしてお会いできたことが嬉しくてぽろぽろ涙がこぼれ、他には何も考えられないのでした。
陛下は涙で潤んだ私の瞳をしばらく見つめておられましたが、ポイとナイフを投げ捨てておしまいになると
「気が変わった」
飛びつくように私を抱きしめて下さいました。私は気が遠くなるほど嬉しくて。ただただ陛下のご慈悲に甘えました。