疲れたので少し姿勢を変えようと、背筋を伸ばした時でした。
「おっと、失礼」
急いで歩いてきた紳士が私にぶつかり、持っていたシャンパンが私のドレスにかかりました。
「すみません、すぐ着替えを用意させましょう」
端正な顔立ちの紳士は私のドレスを白いハンカチで拭きながら、すまなそうに謝ってくれます。
「いいのです、もう帰りますから」
「いえ、そういうわけにはいきません」
私は恥ずかしくなってドレスを拭く紳士の手を必死に止めてもらおうとしました。どこから見ていたのでしょう、そこへヒューがスッと現れて
「姉さま、もう帰るの?」
見下すような視線を紳士に投げながら、あくまでも私にだけ話しかけてきます。
「私が粗相をしたのだ」
「じゃ帰ろう」
ヒューは紳士の話も聞かず私の手をつかむと、引っ張るように足早に歩きました。人々のざわめきから離れたバルコニーまで着くと、ヒューはようやく私の手を離してくれました。
「あいつ誰? 姉さまの彼氏?」
「まさか。さっき偶然ぶつかった方よ」
ヒューは星空の下、明らかに不機嫌な顔をして私を睨みました。
「ドレスが汚れましたね替えましょうって小部屋へ連れ込む手口なんだよ。知らないの?」
「……そうなの?」
私はびっくりして青ざめてしまいました。ヒューが「ハアー」と大きなため息をつきます。
「世間知らずもいい加減にしてほしいな。姉さまもうすぐ二十歳でしょう?」
「ごめんなさい」
私はしょんぼりして、ヒューの顔をまともに見ることができませんでした。
「どうする? ドレス替えてまた来る?」
「いいえ、今夜はもう帰るわ。ヒューは最後まで楽しんできて」
私はヒューの大切な日に迷惑をかけてしまったことが悲しくて、何とか笑顔を作りましたが内心泣きたい気持ちでいっぱいでした。
「姉さまが帰るなら僕も帰るよ」
ヒューは腰に手を当てると当然のように言います。
「でも、舞踏会楽しみだったんでしょう?」
さっきまであんなに楽しそうに御令嬢たちと踊っていたのにと思って、私はヒューを引き留めました。華のあるヒューはこの舞踏会によく似合っているのに。もう帰るなんて勿体ないと思います。
「馬車で帰るから。一人でも平気よ」
「姉さまに見てもらうために踊ってたんだから。姉さまがいないならもう誰とも踊らないよ」
ヒューはフッと視線を逸らすと、つまらなそうに言いました。
「ヒュー……」
「陛下にご挨拶してくるから、ちょっと待ってて」
そう言うが早いか、ヒューは風のように舞踏会のざわめきの中へ戻ってしまいました。