「姉さまは誤解してるみたいだから言っておくけど、僕はレイクロード家の正式な後継者じゃないよ。君の父は僕を引き取るのに、簡単な紙一枚書きはしなかった」
オレンジ色の淡いランプに照らされて、ヒューの瞳は燃えるように揺れて見えました。
「レイクロード家の正式な当主は姉さま、あなただよ。僕はただあなたの名を借りて行動しているに過ぎない。それでもこの家のために今まで尽くしてきたのは、育ててもらった恩を返したかったからだ」
私はあまりのことに言葉を失って、ただヒューを見つめていました。その顔がよほど愚かに見えたのでしょう、
「ちょっと調べればわかることなのに。姉さまはホント僕に興味ないんだね」
ヒューは憐れむような眼で私を見つめます。
「国境伯の仕事はわりと好きだったけど。姉さまがもう僕を必要としていないなら、そろそろこの家から出て行こうかな。明日からは姉さまが当主として頑張ったらいい。婿でも何でも取ってさ」
「ごめんなさい、私、何も知らずに……」
喉につかえる言葉を絞り出すように、やっとのことで私はそれだけを言いました。
「姉さまは本当に、何も知らないまま幸せに生きていける人だよね。僕にはもう無理だから。今日ここでサヨナラしよう」
ヒューは眩しそうに目を細めて笑いました。これはヒューが二度と会わない人と別れる時にする仕草です。
「ヒューお願い。どうかこのままうちにいて。お父様が書かなかったという紙は、私が書くから」
私はすがるような目でヒューを見ました。実際私にはヒューの他にすがる人がいなくて。
「まだタダ働きさせるつもりなの? 強欲だねえ」
「お金のことはわからないけど……今まで通り、全部ヒューに任せたいの。うちにあるものは全て自分の物だと思って、好きに使って」
私はヒューを心から信頼していました。ほとんど依存していたと言ってもいいくらいです。
「それに姉さまが書くって、陛下のお許しは得てるの?」
ヒューは可笑しそうに笑うと、
「僕を当主にしたいなら、婿にしてくれないとダメだよ」
無知な私に優しく教えてくれました。
「僕のこと、婿にしてくれるの?」
「するわ。ヒューさえ嫌じゃなければ……」
「へえ」
ヒューは頬杖をついて少し思案していましたが
「考えてみたら、僕姉さまのことそんなに知らないや。まずはお互いじっくり付き合ってみないとね。別れるにしても、早い方がいいわけだし」
そう言うと、ベッドにいる私の真正面によいしょと座り直しました。
「僕と付き合うんだね?」
「はい……」
私が小さくうなずくと、ヒューは私の顔を両方の手のひらで包むようして、優しいキスをくれました。
これほど怒らせたのだから何をされても仕方ないのだと私は観念しながらも震えていましたが、ヒューは驚くほどやさしく私に触れてくれました。これほど優しく私に触れる人は他にいないのではないかと思えるほどです。私は不思議な感じがしました。ヒューの瞳は酔っているせいか、少し潤んで見えました。