私たちは城攻めのための仮住まいから第三帝国の本城へ帰ることになりました。第三帝国の名の由来は、神は第一に天を、第二に海を、第三に地を作られた。その地をあまねく統べる由緒正しき帝国だから、ということだそうでございます。
第三帝国は人々の間では単に「帝国」と呼ばれ恐れられておりました。広大な領地と強い軍事力、誰より苛烈な専制君主を持つ最強国家でございます。第十三代皇帝陛下の御真名は王牙《オウガ》様と仰いました。そのような御方に触れて頂けたことが恐ろしい夢のようで、私は長旅の道中もただぼんやりしながら、コンラの説明をきいておりました。
「そういえば、陛下の馬車が見当たらないようですが」
私たち以外は軍事用の馬車しか見えないようでしたので、私は不安に思ってコンラに尋ねました。
「陛下は馬車がお嫌いですので、ご自身で馬を駆けて先に行ってしまわれました」
「そうですか……」
本当にせっかちというのか、気の早い御方のようです。また陛下は機能性、効率ということを非常に重視される方でした。荘厳、華麗などという分野は臣下に任せきっておしまいになり、ご自身はよほどの必要がない限りサッパリとした衣装を身に着けておられます。
私に下さるドレスも上質な生地をゆったりと裁ったデザインで、とても着心地よく動きやすいものばかりでした。重くきついドレスから解放された帝国城下の女性たちは皆涼しく自由で、幸せそうに歩いているように私には見えました。
一事が万事そういう調子ですから、お住まいのお城も敷地面積は広大ながら建物自体は質素で風通しも良く、実用的な作りでございました。
「暇だろう。畑をやる」
陛下はそう仰ると、私に小さな畑とクワと、畑を耕すための可愛いロバを与えて下さいました。私は花くらいなら育てたことがありましたが、本格的な畑を見たのは初めてでワクワクしました。さあ何を植えましょう。こちらは私の故郷より温かいので、作物によっては一年で二度収穫が見込めるかもしれません。
私は自分の畑の周りにある広大な、よく手入れされた畑を眺めながら考えを巡らせておりました。そこへコンラがやってきて、私にこんなことを教えてくれました。
「これらはすべて陛下の畑でございます。陛下はここで品種改良の研究をなさっておいでです」
私は思わず目を見張りました。お城の敷地内に畑を持たれ、自ら作物の品種改良に取り組まれる君主など、歴史的に見ても大変稀ではないでしょうか。
「我が国は雨が少なく乾燥地が多いため、収穫できる作物が限られています。陛下は世界中から種や苗を集め、掛け合わせることでより乾燥地に適した作物を作ろうとなさっておられます」
「凄いですね」
私が見たこともないような作物もたくさんありました。軍人でも家臣でもない人たちが出入りする建物もあり、敷地内には研究施設もあるようです。
「お花畑などでなくてすみませんね」
「いえ。作物の花も美しいです」
世界最強の第三帝国に内部反乱はほとんどない、と話には聞いたことがありました。歴代皇帝が大変恐ろしく、民が容易に反乱を起こさぬよう厳しく統制しているからだ、などと噂されておりましたが……。こんな理由があったのかと、私は陛下の御心を大変有難く感じました。このような君主に治められる民はきっと幸せでしょう。
陛下の御習慣としてもう一つ興味深かったのは「金の御供出」ということでした。供出と言っても無理に出させるわけではございません。陛下は普段金のアクセサリーを所有しておられないため、国家的なイベントの際には新たに作らせるか、貸してくれる人を募るのです。これが民には大変好評で大人気でした。
「自分の腕輪を陛下が身に着けて下さった」と言って家宝にする者、オークションに出す者など、民が何をしても陛下はお怒りにならず自由にさせておかれます。特注して作らせた物も、一度身に着けると話題性のあるうちにすぐ売っておしまいになりました。陛下は所有するということに対してほとんど無関心のご様子でした。