「おいおい、騎士《ナイト》のような顔してるがあんただってこの子を脅してんのは同じだろ? まああんたは金じゃなく、体で払わせてるようだが」
その男性は帽子の下からヒューを睨むと、二ヤリと笑いました。
「過去の罪をダシに女をいたぶるのは楽しいか? それとも何も知らせず甘い恋人気取りか。良いご身分だこって」
ヒューは冷酷な表情のまま、グッとこぶしを握りました。その様子が可笑しいのか、男性が煽るように続けます。
「おっと、ここで俺の口を塞いでも無駄だぜ? この噂は誰でも知ってる。人の口に戸は立てられねえってな」
「今すぐここから立ち去れ」
「それはた・だ・の・同・居・人・であるあんたの命令かい? それとも当主であるお嬢様のか?」
私は怖くなって、ヒューの上着の裾を後ろからぎゅっと掴みました。聞きたくない、けど、聞かなきゃ……。私以外皆知ってると言われては、これ以上無知を通すのはあまりにも無責任な気がします。
男性は私たちが止めないのを見ると、勝ち誇ったように語りだしました。
「半年ほど前、ある日記が発見された。サラお嬢様、あんたの父親の日記だ。年寄りの元執事が主人の死後も大事に保管してたようだが、その執事もとうとう死んじまって、遠縁にあたる男が遺品を整理したものの、外国暮らしが長くこの国の字を読めないって言うんでね。知り合いである俺が訳したってわけだ。しかしなんでこんなもん後生大事に取っといたんだろうねえ。いつか処分するつもりだったんだろうが……」
男性はここで一息つくと、ゾッとするような笑みを浮かべて私を見ました。
「お嬢さん、あんたの爺さんは人殺してるよ。このヒューって男の祖父をさ」
えっ……?
私は意味が分からなくて、その言葉を脳内で繰り返しました。
私のお爺様が、ヒューのお爺様を殺している……?
「この家も妻もすべてが欲しかったあんたの爺さんは、王家の血を引くレイクロード卿を事故に見せかけて殺害し、何食わぬ顔で後釜に座った。家も女も乗っ取ったってわけだ。その後生まれてきたのがあんたの母親。日記を書いた父親は、その婿だ」
王家の血を引くレイクロード卿……。
私はヒューの背後からそっとその横顔を見ました。ヒューは顔色一つ変えず、でもとても悲しそうで。この人の話を否定しません。
私はヒューの上着を掴んでいた手を力なく離しました。ヒューが陛下と似ていたのは、偶然ではなかった……。
「あんたの父親、相当悩んでたようだぜ? 妻や娘にだけはこの事実を知られないよう、細心の注意を払ってさ。悩みのタネはこのヒューって男だ。こいつを引き取ったのも手・元・で・監・視・す・る・た・め・ってハッキリ書いてある。レイクロード卿殺害後、相続権は当時十歳だったこいつの父親に移ったが、こいつは当初から突然現れたこの義父を疑っていたらしい。まあ当然だわな。十八で家を出ると、何とか証拠を掴んで父親の死の真相を明らかにしようとしていたらしいが、報われないまま早死にだ。その恨みつらみをたっぷり聞かされて育ったこいつが、何もしないわけないもんなあ」
手元で監視するため……。お父様がヒューを後継者に指名して下さらなかったのはそのせいなのでしょうか。私はあまりのショックに呆然としました。ヒューのお爺様も、お父様も、ヒューも、私たちのせいで酷い目に遭って……。
「その怯えたような眼、そそるねえ」
男性は、話している最中も私ばかり見ては二ヤニヤ笑いました。
「俺たちはこの日記を好色で下世話なある貴族に売った。あんたがはした金をケチったばかりに、今じゃ町までこの話題で持ち切りだ。義弟に復讐される哀れな姉のあんたを悪く言う奴はいないよ。ただ勝手に、不埒な妄想をして楽しんでるだけさ」
「いい加減黙れよ」
「そうカッコつけんなって。あんたこそ、さんざん楽しんで捨てるつもりなんだろ? この子がどう身を落とすか、期待してる下種な輩も少なくないんだ」
男性はヒューの言葉を嘲笑うかのように私を見つめると、目を細めて笑いました。
「実物を初めて見たが、腐っても貴族だ、可愛いねえ。こんな子が巷に落ちてきてくれるかと思うと、噂を広めた甲斐もあるってもんだぜ。王族殺しか。過去の話だが、どんな咎めがあるやら」
この人はそう言って低く笑うと、向こうへ行ってしまいました。私はその場に座りこんでしまって。何も考えることができませんでした。