「地歌舞に思いを添えて 鎮魂 ヒロシマ70年」公演で、
舞う地歌舞は「袖の露」と「珠取海士」の二題です。
演奏は、現代曲の「祈りの鐘~尺八、ヴァイオリンとピアノのための」、
和楽器演奏の「残月」、
そして、「月とゆりかご」の童謡曲など3曲の演奏です。
演目と演奏曲を、公演予定の順に見どころなどまじえながら紹介します。
◇◇ 地歌舞 ◇◇
「袖の露」 [作曲] 峰崎勾当 [作詞] (播州)市朝
[初出] 文化6(1809)年刊『大成よしの山』
地歌舞:古澤侑峯
三 絃:倉橋文子
《 歌 詞 》
白糸の、絶えし契りを人問はん。
つらさに秋の夜ぞ長き、あだに問ひくる、月は恨めし月は恨めし。
明け方の枕に誘ふ松虫の、音も絶えだえにいとどなほ、
荻ふく風の訪れも、聞くやと待ちし侘しさの、
涙の露のおきて思ひ、伏してまろ寝の袖に乾わかん。
《 現代語訳 》
あの人との縁は切れてしまったの、と人に聞かれるのもつらい秋の夜長。
差し込む月の光は時の流れを感じさせて恨めしく思われ、
絶え絶えに鳴く虫の声、荻吹く風はますますあはれを誘います。
美しすぎる風情の中、恋を失った辛さに、
女人は独り泣きぬれているのでした。
《 解 説 》
「袖の露」は、秋の美しい風情の中で、来なくなった人を懐かしみ、
一人涙する女人の心情を歌った美しい曲ですが、
追善曲としても使われてきた地歌です。
◇◇ 現代曲 ◇◇
「祈りの鐘 ~尺八、ヴァイオリンとピアノのための」
「ヒロシマ音楽プロジェクト70」委嘱作品
初演:2013年7月21日(日)、広島市西区民文化センター、
尺 八:芦垣皋盟、
ヴァイオリン:竹内ふみの、
ピアノ:水入 恵
《 解説 》
広島出身の作曲家が「ヒロシマ」をテーマに書き下ろした曲です。
広島市生まれの作曲家藤原典子は、この曲を作曲するため、
「『多くの被爆者の手記を読み、一つ一つの言葉を和音や旋律に染み込ませるように作った』
という。』(中国新聞 2013年7月16日)
そして、演奏も3人の広島ゆかりの演奏家たちにより、
初演から2年の歳月を経てふたたび、広島の地で演奏されることになりました。
藤原さんは、
「ピアノの音に鐘の音を鳴らすイメージを求めた。
8月6日の惨状から立ち直り、希望を持って平和都市を求める
気持ちを「祈りの鐘」には込めている」
と、話しています。
初演は2013年7月21日。
「ヒロシマ音楽プロジェクト」の委嘱で藤原典子が新曲として作曲しました。
◇◇ 和楽器演奏 ◇◇
「残月」 [作曲] 峰崎勾当 [作詞] 不詳
三絃:芦垣育子
尺八:芦垣皋盟
三絃:芦垣育子 尺八:芦垣皋盟 2014年5月
《 歌 詞 》
磯辺の松に葉隠れて、沖の方へと入る月の、
光や夢の世を早う、覚めて真如の明らけき、
月の都に住むやらん。
今は伝てだに朧夜の、月日ばかりは廻り来て。
《 現代語訳 》
月が磯辺の松に隠れつつ、そのまま沖の方へと沈んで行きます。
その月の光のようですねぇ。
夢のごとくはかないこの世を信女は早くに去ってしまって。
そして、今頃は、早々と目覚めて、清浄な悟りの世界に生まれ変わり、
信女は真如の明らかな、
月の世界に住むのでしょうか。それも心の澄んだ状態で。
いまは真如がどうしているか知る手掛かりさえ、朧月夜のようにおぼろげです。
しかし、月だけは巡って来て、追善供養の年忌の日になるのです。
(「筝曲地歌五十選 歌詞解説と訳」田口尚幸著 より)
《 解 説 》
「残月」は、峰崎勾当が、大阪宗右衛門町に住んでいた門人の娘が夭死したのを悼んで
作曲されたものといわれ、地歌の代表的な追善曲のひとつです。
前弾(まえびき) - 前歌(まえうた) - 手事五段(てごとごだん) - 後歌(あとうた)
と、いう構成による鎮魂の曲です。
前歌は亡き人への痛切な哀悼の意が述べられ、
重く沈んだ節付けで、ゆっくりしたまま手事に移行します。
手事(てごと)と呼ばれる器楽の部分は、五つの部分に分かれています。
手事では打って変わって華麗な技巧が駆使され、
故人への音の手向けといった感じの華やかな展開となります。
後唄で調弦を変えて明るさが加わります。
◇◇ 洋楽器演奏 ◇◇
「月と揺籠のうた」など3曲
ピアノ:水入 恵
ヴァイオリン:竹内ふみの
《 解説 》
「月と揺籠のうた」
月は、文部省唱歌です。
揺り籠のうたは、草川信 作曲、北原白秋の作詞です。
「出た出た月が・・・、まあるい、まあるい、まん丸い・・・」。
と、歌われてきた月、と
そして、子守唄としても知られる揺籠のうたの、ふたつの曲を
幻想的なアレンジでお届けします。
「トロイメライ」
シューマン作曲、
子供の情景というピアノ曲の中の一曲で、
小さな夢、という意味のタイトルです。
「愛の讃歌」
モーノ作曲。
歌手エディットピアフによって世に出され、有名になったシャンソン曲。
愛の歌として、広く世界に知られます。
◇◇ 地歌舞 ◇◇
「珠取海人」
地歌 舞:古澤侑峯
三 絃:倉橋文子
《 歌 詞 》
よしや行方はいずくとも 定め無き世や浮き雲の
はれぬ心や黒髪の 乱れて今朝はものをこそ
思い重ぬる八重一重 九重の空ほのぼのと
明石の浦の浦浪に たち隔て来し故郷の 恋しさ今さらに
花も紅葉もつき雪も なれし都をいかでかは
浮かれ出でなん事もや いつか嵐の風に誘われて
夢か現か たどりゆく。
迷い 狂いて讃岐潟 しどけなり振り 志度の浦
万戸将軍といいし方 面向不背の珠を竜宮へ取られしが
大職冠は御身をやつし 賤しき海士の磯枕
妹背言葉に末かけて 女の命捨て小舟。
一つの利剣を抜きもって かの海底に飛びいれば
空は一つに雲の波 煙の波をしのぎつつ 海満々と分け入りて
直下と見れども底もなく 取り得んことは不定なり。
我は別れて はや行く水の 浪のあなたに我が子やあるらん
父大臣もおわすらんと 涙にくれて いたりしが
また思い切りて 手を合わせ
南無や志度寺の観音薩埵の 力を合わせてたび給えとて 大悲の利剣を額にあて
竜宮の中に飛びいれば 左右へぱっとぞ退いたりける
その隙に宝珠を盗み取って逃げんとすれば 守護神追いかく。
かねて企みし事なれば もちたる剣を取り直し
乳の下をかき切り 珠を押し込め 剣を捨ててぞ伏したりける。
竜宮のならいに死人を忌めば あたりに近づく悪竜なし
約束の縄を動かせば 人々喜び引き上げたりけり
珠は知らずあま人は 海上に浮かび出でにけり。
《 解説 》
あらすじは、大和朝廷時に、時の権力者である藤原氏と契った海人が、
我が子の出世のために命がけで海底にもぐる。
そして、珠を取り上げると、それを乳の下をかき切って隠し、
竜宮から海上に浮かび上がる、という筋書き。
子のために命を惜しまぬ母の愛と、珠を取る場面の執念の表現が見どころで
時代を超えて人気がある、悲しくも激しい追善供養の地歌舞です
このあらすじを思い描いて舞を観ると、たおやかな舞の中に、
しとやかな女性が秘めた固い意志と柔らかなこころのうちを、
あなたは、きっと観ることでしょう。