皇紀2600年の石灯籠

大分県宇佐市柁鼻(かじばな)神社

2022年10月、大分宇佐市に戦争関連碑の探訪に出かけました。宇佐市の柁鼻(かじばな)神社「皇紀2600年」の石灯篭があります。皇紀とは日本独自の暦で初代とされる神武天皇の即位を元年としています。皇紀2600年は国を挙げての祝賀となりました。中国との戦争が泥沼化し、厭戦気分が漂う中、軍部はこの行事で国民の戦意を高揚しようとします。祝いムードで厭戦から目をそらし、祝賀の後は引き締めるという方法でした。この翌年は太平洋戦争に突入するのです。この碑はそんな時代の語り部です。

関連資料

石灯籠

石灯籠(欠損あり)

碑文

鳥居

由緒

柁鼻神社由緒

御祭神

鵜草葺不合尊 彦五瀬尊

神日本磐余彦尊(神武天皇)

合祀社

伊弉諾伊弉冊尊 市杵島姫尊

柁神命 気長足姫命(神功皇后) 和気清麿

大物主神 顕仁尊 火彦霊神

菅原神 高龗尊


御由緒

八幡総本社である宇佐神宮一帯は、神武天皇東遷の聖蹟とされ、椎根津彦命(椎宮の御祭神)に先導された神武天皇一行はこの柁鼻の地に上陸されたと言われている。

「日本書紀」によれば、宇佐の豪族 菟狹津彦・菟狹津媛の兄妹が天皇御一行に一柱騰宮を建てて大御餐(食事)を奉りお迎えしたと伝えられるのがこの宇佐の地である。

また、この時、神武天皇の勅諚により天種子命(後 藤原氏)が菟狭津媛を妻としたことで大和朝廷と宇佐との関係がさらに深くなる。よって、この柁鼻の地に三柱の神を祀り、お社を建てたのが柁鼻神社の始まりである。

八幡宮御祭神の神功皇后は三韓出兵に際し、和間の浜において軍船を築造し、ここにて柁神を祀ると言われている。また、勅使・和気清麿公上陸の地とされ、東側に船繋石の遺跡がある。

関連地図(google)