後撰和歌集と拾遺和歌集のコケ
奈良時代~平安時代の詩歌に詠われたコケ まとめ & 目次へ
*後撰和歌集のコケ
注)💎 コケと記されているが、明らかに地衣類を詠った歌
勅撰和歌集の三代集の一つとして、古今和歌集の次に撰された。955~957年の間に成立したとされる。村上天皇の命により、藤原伊尹が別当となり、源順、大中臣能宣、藤原元輔、坂山望城、紀時文(梨壺の五人と言われる)によって撰されたという。但し、成立時期については、異説もある。
全部で1425首収めるが、その内コケを詠っているのは僅かに2首に過ぎない。しかも、この2首ともに、地衣類を詠っている。更に、「苔の衣」即ち僧衣という表現で使われているから、植物としてのサルオガセから抽象化を辿って、象徴的な意味合いに変わっている。
読み下し、現代語訳、注釈など:
片桐洋一(1990). 後撰和歌集. 新日本古典文学大系. 岩波書店
221022 均茶庵
💎1195 いその神といふ寺にまうでて、日の暮れにければ、夜明けてまかり帰らむとて、とどまりて、『この寺に遍照侍り』と人の告げ侍ければ、物言ひ心見むとて、言ひ侍ける。 小野小町
岩の上に旅寝をすればいと寒し苔の衣を我に貸さなん
訳: 石上寺の名にあやかって、岩の上で旅寝をするとなると、たいそう寒い。岩の上のコケという縁で申し上げるわけではありませんが、苔の衣とも呼ばれている僧衣を私にお貸しいただきたいものです。
注:「苔の衣」 僧衣のこと。「岩」に「苔」がむすので、その縁で言った。
コケ調べ: 苔の衣は、元々地衣類のサルオガセに由来するが、この歌の内容から見ると、必ずしも地衣類とは言えない。岩の上に生えるコケは、寧ろ蘚苔類になる。
しかし、この歌は、「石上」という名前から「コケ」を連想しただけであって、それが更に「苔の衣」に連想されて行く。従って、植物体としてのコケそのものを意識して作詩したものではない。コケを同定する事は、困難だ。ここは、この歌の中軸となっている苔の衣という言葉を重んじて、地衣類の歌としておこう
。
尚、この歌については、和漢朗詠集619で、大和物語の中の逸話として紹介したので、詳細は割愛する。
💎1196 返し 遍照
世をそむく苔の衣はただ一重貸さねば疎しいざ二人寝ん
訳: 俗世を離れた僧の切る着る苔の衣は、ただ一重だけのもの。さりとて、お貸ししなければ薄情に過ぎます。この一枚の衣を掛けて、さあ、共寝をしましょう。
注:大和物語168段では、遍照がこの歌をよんで逃げ出した。
コケ調べ:上記1195への返しであり、上記1195及び和漢朗詠集619を参照願う。
*拾遺和歌集のコケ
勅撰和歌集の三代集の最後の一つとなる。花山院が藤原長能と源道済に撰させたと言われているが、確定していない。1005~1007年の間に成立したとされているが、異論もある。全部で1351首あり、異本を入れると1360首となる。しかし、コケを詠った歌は、僅かに2首のみだ。
読み下し、現代語訳、注釈など:
小町谷照彦(1990). 拾遺和歌集. 新日本古典文学大系. 岩波書店
221022 均茶庵
1163 東宮の石名取りの石召しければ、三十一を包みて、一つに一文字を書きて参らせける 詠み人知らず
苔むさば拾ひも替えむさざれ石数を皆取る齢幾世ぞ
訳: 苔が生えたら、拾って取り替えもしよう。こうして、小石をすべて拾い尽くすのに、いったい年齢は幾代積み重なることか。
注: 「苔むさば」 長い時の経過を示す。東宮の長寿を予祝。
コケ調べ: 同定は、非常に難しい。コケは、単に長い年月の象徴として詠われているだけで、具体的な植物を見ているわけではない。唯一のヒントは、小石の上にコケが生えることだ。従って、和漢朗詠集775(あるいは、古今集343)の巌に生したコケとは異なる。
エゾホウオウゴケ Fissidens bryoides
色々と考えてみたが、小石に生える小さなコケは、ノミハニワゴケ、あるいは、ホウオウゴケくらいしか思い浮かばない。ホウオウゴケは種類が多いが、石名取りで遊んでいるわけだから、水中のコケではない。ここはエゾホウオウゴケかサクラジマホウオウゴケだろうか。小さくて、可愛いコケだ。小川近くに良く生えている。
1167 大弐国章、孫の五十日に、破籠(わりご)調じて、歌を絵に描かせける 元輔
松の苔千年をかねて生い茂れ鶴の卵(かひこ)の巣とも見るべく
訳: 松の苔は、もう今から千歳の長寿を予測して、生い茂れ。鶴の卵の巣と見るように
注: 「松の苔」 松と同じように、千代・千歳の長寿とする。誕生後50十日目の出産祝いの歌。
コケ調べ:このコケは、1163と同じように、単に長い年月の象徴として詠われている。従って、詩人の頭の中で、具体的なコケの姿を描いているわけではない。松に生える蘚苔類は少なく、殆どがウメノキゴケのような地衣類だ。
ここはちょっと無理をしよう。市街地の樹幹に良く見るサヤゴケあるいはヒナノハイゴケ ではどうだろう。もしかすると、松の幹にも生えているかも知れない。
ヒナノハイゴケ Venturiella sinensis
・均茶庵が撮った写真
1167 Venturiella sinensis ヒナノハイゴケ
・Webから引用した写真
1163 Fissidens bryoides エゾホウオウゴケ