ミズゴケは、高地でも低地でも、湿原やちょっと湿気が多い場所であれば、日本中どこでもみられる。決して珍しい種ではない。実に、地球上の陸地総面積の約3%は、ミズゴケに覆われており、泥炭の形で固定している二酸化炭素量は、大気中の総量に匹敵するという。
コケを愛でる人たちと旅した時に、「わぁ~。ミズゴケがある。」と感激したら、怪訝な顔をされた。「そんなもの、ウチの裏山にいくらでも生えていますよ。」
しかし、神奈川県には、箱根仙石原付近を除いて、山地湿原がない。県RDBには、下記の①~④の3種4ケ所が生育確認地として記録されているに過ぎない。全て箱根地域だ。
① 箱根 芦之湯阿字ケ池 標高850m {未}
S.palustreオオミズゴケ及びS.squarrosumウロコミズゴケの生育が報告されているが、RDB発刊時点でも駐車場整備のため絶滅寸前としている。尚、ウロコミズゴケは、文献記録に残るだけで、(1984, 生出)、再確認されていない由。
温泉入口傍の「阿字ケ池」は、第二次大戦中に駐留中の枢軸国・独軍が掘ったそうで、本来の池は、弁天社の辺りにあった。と言っても、昔湿地だったかもしれないという感じで、まるで乾きあがっている。進入禁止の縄が張ってある朽ちた木道が、奥へ誘う。しかし、僅かに生えているフロウソウClimacium dendroidesが、湿地の面影を残すだけだ。均茶庵は、2018年7月現在、ミズゴケに出会っていない。
② 早雲山 大雄山箱根別院 標高780m {再確認}
S.palustreオオミズゴケが記録されている。箱根登山ケーブルカーの早雲山駅を降りて、駐車場に挟まれた坂道を暫く登ると、この禅寺に着く。但し、何処がお寺の正式な入口なのか、良くわからない。鐘楼と天狗の像が座します石段の間の湿った地上に、群落がある。2005年10月までは、混浴の露天風呂を一般にも提供しており、大人気だった。しかし、今ではこれでも箱根かと思ってしまうほど、人影が薄い。蝉の声だけが、谷にこだまする。均茶庵は、2018年7月に生育を確認した。
③ 箱根 大涌谷 {未}
S.girgensohnii ホソバミズゴケが記録されている。しかし、文献記録に残るだけで (1972, 勝俣)、その後確認されていない。尚、大涌谷は、火山情報発令のため、2015年6月から入山禁止となっている。
④ 箱根 仙石原イタリ池 標高 660m {未}
S.palustreオオミズゴケが記録されている。
仙石原イタリ池は、箱根カントリークラブ内にあり、入場できない。この池は、造成湯(掛け流しを含めて、大湧谷温泉を中心とした箱根の温泉は、殆どがイタリ池の水と地下からの蒸気を混ぜ合わせて、お湯で作っている。)の水源となっている。
⑤ 箱根仙石原湿性花園 標高 660m (人工植生)
仙石原にある町立箱根湿性花園は、入園料700円で、ミズゴケと共に高原湿地に生える 色とりどりの花々を見学できる。特に、I区画『高層湿原の植物』は、尾瀬やサロベツ原 野のミズゴケ湿原を模して造られている。S.palustreオオミズゴケが、I区画の池の周 辺、及び、案内所すぐ左にある食虫植物区画のポットの中に生えている。双方ともに人工 的な植生と思われる。{再確認}
一方、台が岳~仙石原浄水センターの間の湿原は、一部が『箱根仙石原湿原植物群落』として、1934年に国の天然記念物に指定されている。湿性植物園の南側区画は、『仙石原湿原植生復元区』として植生の復元が図られている。
1980年には「箱根仙石原湿原永久方形区設置地点」が設定され、継続観察が行われた。報告書には、ミズゴケと思われる記載もある。
⑥ 箱根 強羅箱根美術館神仙郷 標高 600m (人工植生)
当地は、コケ庭で有名だ。コケジョの登場と共に、人気がいや増している。入園料900円で見学できる。世界救世教の教祖の別邸として建てられ、全国各地からコケが集められた。庭師による手入れが行われており、環境に適合した種だけが生き残っている。S.girgensohniiホソバミズゴケが生育している。{再確認}
2019年10月に、シルバー料金700円を払って、庭を見物して来た。茶室の近くの遊歩道沿いに、少々人工的な小群落が、2つある。すぐ近くの大涌谷で、1972年にS.girgensohniiの生育が確認されているから、その移住者かもしれない。あるいは、1958年の創園来の貴重な生き残りだろうか。1996年8月に発行された『コケの世界 箱根美術館のコケ庭』(高木・他)の巻末に納められた蘚苔録目録にも、記載されている。(Rev. 191028)
ミズゴケは、植栽の補助用に広く使われているから、あるいは箱根に限らず県内でも他に栽培地が有るやも知れない。もしかすると、遥か異国から買われてきた紅毛碧眼がいるかもしれない。均茶庵は、詳しい情報を持ち合わせてていない。
箱根には、所々窪地があり、「ここはどうだ。」と片っ端から探してみた。阿字ケ池にほど近い精進池も調べてみた。しかし、いつの間にか、周遊道は進入禁止になっていた。イノシシが出るから、危ないとの事だ。それに、池に降りるのも禁止だ。ここは国立公園だし、均茶庵は、違反した時の罰金が怖い。水辺には葦がこんもりと茂っている事から、多分ミズゴケは生育していないだろう。
上記の事情により、導了尊箱根別院で標本を少量無心しただけで、各所での採取は控えた。別院では、十一面観音の真言「おん ろけいじんばら きりく」を唱えたので、きっとお許しいただけると思う。従って、種名については、別院を除き、均茶庵が顕微鏡で直接確認したわけではなく、専ら文献の記述によった。
所で、丹沢山系の北に位置する黍殻山(1,273m)の少し南に、避難小屋がある。ここは典型的な地崩れ地形で、少しくぼんだ平坦地となっている。標高が、1,170mある。雨が降った後などは、所々に小さな水たまりができる。草で覆われているが、もしかするとこの低地にはミズゴケが生えているかもしれないと思い、一帯を歩き回ってみた。残念ながら、何のかけらも探り当てられなかった。
神奈川県には、谷戸と呼ばれる谷合の湿地が、あちらこちらに広がる。古代においては、谷頭の湧き水を利用した、稲作の最適地とされていた。数十年前までは、未だ水田に利用されていたが、今では全く見かけなくなってしまった。均茶庵は、谷戸跡を見ると、「もしや。」とミズゴケを探してみるが、残念ながら未だ見つけていない。
「いつかきっと、箱根以外で。」が今の想いだ。
【牧野】L.古いコケの名
【e-Floras】G. sphagnos, an unknown plant
【Smith】from the Ancient Greek name of a plant of now unknown identity
【Crum】The generic name comes from the Greek designation for an unknown plant. Sphagnum is commonly known as peat moss or bog moss.
【秋山】ギリシャ語古語で蒴柄の短い植物を指すsphagnos から.
【田中】sphagnosと言う古いギリシャ語で、今では何か分からないあ る植物の仲間を意味する。
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{文献記録ナシ} 均茶庵が生育を確認。文献記録が見当たらない。
{再確認} 均茶庵が生育を確認。文献記録あり。
{未} 均茶庵は生育を確認できていないが、文献記録あり。
*引用文献及び略語については、「コケの参考書」をご覧ください。
*写真の拡大は、PCの拡大機能を使ってください。
作成: 180815
追記) 211010 均茶庵
② 早雲山 大雄山箱根別院 標高780m {再確認}
コロナ開けの2021年10月、均茶庵は気分転換のため、箱根別院のミズゴケを見に行った。可憐な群落を見た後に、箱根東外輪山を臨みながら、7-11のおむすびを食べるのが、何とも嬉しい。
所が、ミズゴケの群落は、大木の山に埋もれていた。小さな群落が、かすかに端の方から覗いていた。多分数年前の台風で倒れた木を伐って、ここに仮置きしたのだろう。
生き物が滅びるのは仕方ない。弱い生物は、大自然の輪廻の中に、静かに消えて行く。
オオミズゴケが、かすかに覗く。
群落の大部分は、木の山に埋もれてしまった。