その美しさと気高さから、間違いなくコケの中のお姫様だ。女王様のClimacium japonicumコウヤノマンネングサと並んで、均茶庵の大好きな種だ。机の上のDaisoのガラス瓶に、欠かしたことがない。2~3本を水中に沈めている。暫くたつと、茎の先端から一本だけ小さなシュートが伸びてくる。目をやる度に、蓋を開けて一息ふきこんでいる。二酸化炭素を供給して光合成を助けている積もりだ。何となく効果があるような気がする。愛情だろうか。
神奈川県では、オオカサゴケを環境省のレッドリストの分類に無い「注目種」に指定している。以下が注目種の定義だ。「生息環境が特殊なもののうち、県内における衰退はめだたないが、環境悪化が生じた際には絶滅が危惧される種」 注目種には、当種を含んで、全部で6種指定されている。
丹沢・大山や箱根などの県内の山地には、比較的豊富に生育しているから、ごく普通に見られる。但し、産地が山地に限られるから、特別に注意しない限り、一般的には人目に触れないかもしれない。余りにも美しい。
さて、2012年に箱根芦ノ湖の西岸の生育状況を調べた事がある。季節が過ぎてしまうと、植物体は雑草の中に埋没してしまう。遊歩道に沿って設置してあるマイルポストとGPSロガーを参照しながら、場所を何回も確認しながら歩いた。地下茎で増えるから、密集して生えているところと、全く見かけない所がある。湖に半島が突き出して、比較的湿気が多い場所に良く生えていた。ぼんやりと、箱根山が映った芦ノ湖を見ながら昼のおむすびを食べた記憶だけが、新しい。
コケの運命とは、人間の強さに比べると、実に儚いものだ。オオカサゴケは、神奈川県の名峰大山頂上(1,252m)の阿夫利神社奥宮の裏手に、びっしりと生えていた。米国での出稼ぎを終えて、久しぶりに参拝した。何と、いつの間にか登山者の休憩所に変わっていた。この砂利の下が、往年の大楽園だった。にこやかにお昼ごはんを楽しんでいる人達は、きっとそんな事は知らないだろう。時は移り世は変わる。「月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして」滅びるものは、所詮滅びる。
この頃「コケジョ」と称して、テラリウムが大流行りになっている。これまで、羊歯類を除いては、花の咲かない隠花植物が女性に愛でられた事は、それ程多くはなかった。植物の世界にとっては大変動と言ってもおかしくない。オオカサゴケは庭園で栽培できないから、どうしても野から採集することになる。コケジョが、僕のお姫様を絶滅に追い込むことが無いよう、祈っている。
中国雲南省には、オオカサゴケの料理があるそうだ。食感・味ともにイマイチだそうだから、日本で人に食べつくされると言う心配は、まずないだろう。(樋口, 2013)
さて、広く県内各地に生育しているので、箱根芦ノ湖の西岸を歩いた際の分布地図のみを添付し、県全体の分布地図は割愛する。
【野口】rhodo 淡紅色の bryumコケ
【e-Floras】 G. rhodon, rose, and bryon, moss, alluding to leaf rosettes
【Smith】meaning rose moss, alluding to the rose-like rosettes of leaves
【Crum】The name means rose moss, in reference to the fact that in our wide-ranging species, the upper leaves are crowded in attractive rosettes.
【秋山】「rhodo=赤色+bryum=コケ」 茎の頂の葉がしばしば赤色を呈することから
【田中】rhodoは赤い、bryumコケを意味する。体の柄部の葉が赤 みを帯びている事に由来する。
左: オオカサゴケ 右:カサゴケモドキ
水中で栽培。シュートのでる場所が異なる。
1.コケここ 蘚類目次に戻る
{文献記録ナシ} 均茶庵が生育を確認。文献記録が見当たらない。
{再確認} 均茶庵が生育を確認。文献記録あり。
{未} 均茶庵は生育を確認できていないが、文献記録あり。
*引用文献及び略語については、「コケの参考書」をご覧ください。
*写真の拡大は、PCの拡大機能を使ってください。