箸休め第27回 前編
八大竜王にすがろうか 茅ヶ崎の世界
前編: 始まりと物語
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始まり:
龍王はポピュラーな神様だ。流石に、地蔵菩薩とお稲荷の数にはかなわないものの、海岸や洞窟や岩あるいは名勝地では、あちらこちらでお目に掛かる。一般的に、「大漁祈願」「悪病退散」「雨乞い祈願」が主な御利益とされているが、神様仏様の多角化経営の中で、更に「金運」や色々なご縁が加わっている。
所が、社や祠を持っている八大竜王は、思いの他少ない。何もない場合もあるし、せいぜいで石に「八大竜王」と刻んであれば上出来だ。社があったとしても、鳥居の中にごく簡単に小さく鎮座しているだけだ。竜王という恐ろしげな名前には、まるで似つかわしくない。
更に惑うのは、鳥居があるから柏手を打てば良いのか、それも、二拝二拍手一拝で良いのか。あるいは、印を結んで竜王(ナーガ)の真言「おんめいきゃしゃにえいそわか」を唱えるべきなのか。えい、思い切って頭を下げるだけで十分なのか。弁天様に参拝する時と同じような戸惑いがある。
こんな状況だから、竜王社があっても、その由来・来歴あるいは創立の時期などは、殆どの場合わからない。どこからか分霊したのか、はたまた、神主が祀っているのか、坊主が祭っているのかを、誰に聞いたら良いのかもわからない。よそ者には何も分からないが、その土地では高く崇められている。お供えが何気なく置いてある場合も多い。
茅ヶ崎には、八大竜王の社あるいは碑が、8社ある。八大竜王は、仏教ではナンダとかウパナンダとか、仏法を守護する竜族の八王を指す。所が、中国を経由して日本にやって来ると、蛇神と習合してしまった。蛇神は、弥生時代から信仰の厚かった農業及び水の神様だ。竜神で有名な奈良の信貴山空鉢護法堂では、ドンピシャリ白蛇の像を分霊する。
いつの間にか、「八大竜王」と称しても、「八」を殆ど意識しなくなった。茅ヶ崎の社でも、八柱の竜王をそれぞれに担当分けして祀った様子はない。逆に、八大竜王と言っても、ただ一柱の竜王の如く祀っている。又、仏教との関係も、漠然としている。仏教の「竜王」ではなく、心の中では、水神としての「竜神」をイメージしている。茅ヶ崎の八大竜王も、下記の「ちがさきナビ」に収められている通り、夫婦一対の竜神だ。
茅ヶ崎の八大竜王は、その殆どが海岸に祀られているから、漁師が「大漁祈願」のために勧請したのだとは想像がつくが、さてどこから勧請したのかは、まるでわからない。取りあえず、何でも良い。八大竜王社にお参りして、「悪病退散」「コロナ除け」を祈ろう。素人レベルの知識を持って、海岸沿いに東から回って見よう。
茅ヶ崎村の源三と言う漁師が網に掛かって苦しんでいる亀を見つけた。家へ連れ帰り、お酒を飲ますなどして介抱した。元気になったので、海へ戻そうとした所、亀は浜辺に穴を掘り始めた。そうすると、美しい玉が出てきた。亀は、この玉を探していたのだ。玉の中に美しい女が現れ、おはつと名乗った。竜王に仕えているのだという。
亀は、源三を背中に乗せて、平島と姥島の真ん中から海中へ潜った。暫く行くと、竜宮城が現れた。源三は、ここで八大竜王(一柱だ。八柱ではない。)と乙姫に迎えられる。竜王が教えてくれる。大昔大洪水があって、陸地もそこに住む人間や生き物もみんな沈んでしまった。そして、今は竜族と一緒に、仲良く暮らしている。
乙姫様が玉に息を吹きかけると、玉から光の泡が出てきて、鯛・海老・蟹・ウニ・サザエなどの海の生物が生まれる。竜宮城で大接待を受けた源三は、竜王から玉手箱をお土産に頂く。乙姫様からは、『茅ヶ崎村の海の安全と豊漁を約束します。箱には竜王様の念が込められているので、絶対に開けてはいけないですよ。』と言われる。
浜へ戻った源三は、たった一晩だけ竜宮に滞在した積もりだったのに、既に七年以上過ぎている事を知る。源三は、村人に竜宮城の話をした。そして、玉手箱が開けられないように、深く埋めて八大竜王をお祀りした。それから、浜は豊漁となり、旱の時に雨乞いをすると、豊作になった。
浦島太郎の物語と異なり、八大竜王との約束を守ったため、ハッピーエンドの話となっている。茅ヶ崎原人は、正直者だ。この最初の八大竜王碑が、何処を指すのかわからない。しかし、均茶庵は、古い小和田の集落から海岸への出口となっていた浜須賀が、その地ではないかと考えている。
参考までに、茅ヶ崎の魚種は最近のシラス鰯や鰺、鯖だけではなかった。昭和30年代(1955)までは、ブリの名産地だった。又、鮪も延縄一本あたり、180kgクラスを6本も揚げた時もある。明治時代には、烏賊が採れすぎて舟が沈んだと言った話もあったそうだ。鮑・蛸・鰹も沢山揚がった。平成27年(2015)8月には、シュモク鮫約30匹が姥島に回遊して、水泳禁止になるなど大騒ぎしたが、昔は蒲鉾用の擂り身にご当地の鮫を使っていたそうだ。
210323 均茶庵