コケの収集を行う時に、均茶庵にとっての最大の難題は、標本を保管しておくための場所だ。兎に角、スペースを沢山取る。植物採集の対象として、顕花植物・羊歯類などではなく、コケを選んだ理由の一つが、標本寸法の小ささだ。コケなら、何とか自宅に格納できそうだ。
そして、ちょっとした事情があって、コケの標本の整理を行う事になった。
標本の整理:
コケは古い学問だから、標本を保管するための標本袋に、細かい規定がある。袋の材料はハトロン紙で、寸法は服部植物研究所の仕様では、縦11cm x 横15.5cmとなっている。袋の折り込み方も決まっている。所が、材質が紙であることに加え、この寸法だと、広い収納場所が必要になる。均茶庵の部屋は、そんな余裕がない。だから、百均Daisoで売っている縦8.5cm x 横13.5cmの、50枚入り100円のポリエチレン袋で代用している。この袋の中に、標本と名刺大のメモを入れ、ニトリで買った洋服整理箱の中に並べている。
さて、ちゃんと整理するとなると、この標本を規定の袋に入れ替えなければならない。『何だ。大した事はないじゃないか。』と思うだろうが、こんな作業が必要になる。
① A4版のハトロン紙を買い、規定の標本袋の大きさに折りたたむ。100枚で690円だ。
注)漂白していない紙で、片面を精製した製品をハトロン紙と呼び、精製していない製品をケント紙という。
② 標本の名称、採取場所、整理番号、その他をPCで打ち込んだステッカーを作る。7cm x 10cmくらいの大きさだ。
③ このステッカーを、標本袋に貼り付ける。
④ ポリエチレンの標本袋にしまってあるコケの標本を、紙の標本袋に移す。この時、後で使い易い様に、間仕切りも入れる。
⑤ 紙の標本袋を、これも百均で買ったプラスチックの整理ケースに並べる。ケースは、外寸が大体18cm x 28cmある。ケースの外側には、索引をつける。
⑥ この整理ケースを、引っ越しサイズの段ボールに納める。
この他にも、細かい雑多な作業があるが、取り敢えずは省略しよう。それに、標本をどこかに紛失してしまったケースが見つかる。又、番号の付け違いも良くある。その都度訂正するわけだが、他の資料と照合しながら作業せざるを得ないから、思いの外手間を食う。
均茶庵の場合、2006年に採取した標本から保管しているから、15年分以上になる。近年になってからは、保管場所の都合で、標本を選別し、出来るだけ捨てるようにしているが、それでも嫌になるほどの量だ。最初の頃は、部屋の片隅に転がっていた標本だが、今では立場がまるで逆転した。均茶庵が片隅に転がっているような居間になってしまった。
作業の手順:
最初は、上記の①~⑦の作業を、均茶庵が一人でやっていた。しかし、もの凄い時間がかかる上に、ちょっと真面目に取りかかると、夜にはがっくりと疲れてしまう。特に、ハトロン紙を折りたたむ作業が辛い。手袋をしていると、上手く折りたためないため、素手で作業をする。次第に指の脂がとれてしまい、段々指先が乾燥して痛さを感じるようになる。最後には、皮が剥ける。その苦しみは、とても言葉に表せない。
カミサンを引きずり込む:
すこしでも作業を軽減したいため、色々と考えた結果、③をカミサンに頼む事にした。タダではやってくれないだろうし、『相場の10倍払う。』と約束した。喜んで取りかかってくれた。翌朝80枚ほどの標本袋が出来上がっていた。『そうか、お疲れ様。有り難う。』と、100円玉1個を渡した。『おつりは、取っておいて良いよ。』カミサンは、もの凄い勢いで怒り出した。『何よこれ。もうやらない!』
これは大変だ。急いで説明した。ステッカー貼りの相場は、1枚0.1円くらいだから、相場の10倍は1枚1円になる。80枚だから、合計80円だ。しかし、この説明は受け入れて貰えなかった。仕方ない、お昼ご飯をご馳走することにした。敵の要求は鰻だったが、これでは梅セットにしても、肝吸いなどをつけると4000円x2人くらいになってしまう。『鰻はカロリーが高いから、サンドイッチくらいが体に良いんじゃない。』それでも、コーヒーを付けて、1000円/人をちょっと超えた。何のことはない、ステッカーを1枚貼って、12.5円もかかった。
凄く高くついた。でも、辞められたら大変だ。『全体が終ったら、思い切りご馳走するから。』と約束させられた。これはホンネだ。結構な作業量になるから、誠意を示さなければならないだろう。裏切った場合のしっぺ返しは、とてつもなく恐ろしい。
これで、バイトを継続して貰うことになった。但し、均茶庵は標本の総量を伏せておいた。
作業は進む:
台風〇号が接近しているため、雨と風が段々と強くなってきた。外出はできない。だから、標本の整理に打ち込んだ。Amazonで300枚買ったハトロン紙は、いつの間にか無くなった。追加で注文する。カミサンの方は、『一体全部で何個あるのだろう。』と、薄々疑いの目を向けるようになってきた。均茶庵としては、取り敢えず気がつかない振りをするしかない。
昨日から雨が強かったので、晩ご飯は、スーパーに食材を買いに行かなくても作れるカレーライスだった。均茶庵は、烏賊フライとカレーライスが大の好物だから、『台風さまのお陰。』と、この上ない幸せ感の中で食べた。翌日の朝食も、当然カレーライスとなった。NHKの予報では、昼頃には風速10m/sになり、雨も一段と強くなるとの事だった。
お昼ご飯:
そして、昼がやって来た。『お昼ご飯は、何だ。』カミサンは、窓の外を見ている。庭の柳の枝が、風と雨に翻弄されている。『カレーが未だ残っています。』こわばった表情で柳を見たまま、均茶庵の方を振り向いてくれない。均茶庵もつられて柳を見た。これは、スーパーに行けと言ったら爆発だな。すぐに理解出来た。『わぁ~。それじゃ、カレーライスをちょうだい。』
それでは一句:
悟れりと苔の筵で目を開けば 黄色き皿に福神のかけら
昼ご飯の後、そのままうとうとと眠ってしまったようだ。カレーライスのお皿が空になって、未だテーブルの上に載っていた。う~。もう一度「临川四梦」に耽ろう。
何しろ、後で『ハトロン紙を500枚追加注文してちょうだい。』と頼まなければならない。今のうちだけでも、幸せになっておこう。
230602 均茶庵
追記)230611 均茶庵
何となく目処がついてきた。今の所、Sサイズの引っ越し用段ボール箱で11個。あと2~3個で完了だ。
プラ箱、及び、小紙箱に標本袋を納めた姿
この後、段ボール箱にしまう。
プラ箱と標本袋の拡大
追記)230622 均茶庵
ひ~、ひ~言いながら梅雨の引き籠もりで、整理作業をした。アート引っ越しセンターの段ボールの寸法が、市販の標準寸法より、一回り小さい事を初めて知った。結果として、アートの古いSサイズ段ボールが4箱、標準のSサイズが4箱の合計8箱で完了した。残念ながら、体調が未だ十分でなく、ビールを飲めない。