専門家や評論家の第一選に輝く神奈川県のコケ庭は、必ずここだ。鎌倉の寺社の庭園さえも、押さえてしまう。県内のみならず、全国区でも必ず当選する。しかし、庭としての歴史は新しい。
世界救世教MOAの教祖 岡田茂吉が、昭和18年(1933年)に別荘用地を購入し、昭和28年(1953年)にコケ庭が完成した。平成25年(2013年)に国の登録記念物に指定された。約500坪ある。京都のコケ寺 西芳寺に参拝した教祖が、痛く感銘を受け、自分でも同じ様な庭を造りたいと考えたのが、発端だそうだ。MOAの信徒に命じて、全国各地の珍しいコケを集め、神仙郷に移植した。作庭を初めてから、一年程の短い時間で完成したそうだ。
コケを植えるのは難しい。環境に合わないと、どんなに手を加えても、コケは育たない。だから、当初信徒が移植したコケは、定着せずに、殆ど消えてしまった。その後、植木職人が周辺から移植した種、及び、自然に着床した種が、現在の庭のコケを構成している。約130種あると言われている。
コケを育てるのも難しい。コケは、直射日光と乾燥を嫌う。そのため、庭の維持のためには、11月頃に茅を刈ってきて庭一面にすき、その上に散水を行う。4月頃に茅を除去する。以降、散水、雑草取りなど、の作業を頻繁に繰り返す。場合によっては、ピンセットで雑草や不要なコケ(ゼニゴケ等)を取り除く。又、犬・猫の尿が大敵であり、尿がかかった場所は、直ぐにコケが枯れてしまうため、新しいコケを移植する。
神仙郷では、この所やや手が回っていない所もあるようだ。オオスギゴケやウマスギゴケが、ハイゴケに淘汰されてしまった場所も、見かけられる。
コケ庭の造り方及び維持の仕方については、古くは、1975年と1976年に、水谷が日本蘚苔日本蘚苔類学会報に「コケ寺風にコケを育てる方法」を発表している。今では、コケ趣味人 が沢山現れたので、もっとマニアックな出版物が色々売られている。コケを育てるセットも、Web上を賑わしている。新潟県には、「日本苔技術協会」が出来て、コケの栽培技術の教育・普及を行っている。
又、神仙郷は、小説の題材にされた数少ない庭だ。均茶庵は、推理小説が苦手なため、未だ読んでいないが、半村良の『魔女伝説』では、コケにテレパシーを感じる女性 野川瑤子が逃れこむそうだ。1982年に、日本蘚苔日本蘚苔類学会報上で高木が紹介している。
さて、こんなにも評価の高い神仙郷だが、均茶庵が求める「珍」の世界とは、マッチしない。1996年に、高木・他が「箱根美術館のコケ庭」を発表している。この中の蘚苔類目録の中で、2007年に発行された神奈川県の絶滅危惧種(以下、RDB)に載っているのは、二種のみだ。本来であれば、日本中から集めた珍しい種も沢山あったはずだ。
この目録に記載されているコケのリストについては、神仙郷コケリスト(1996)にリンクしているので、参照頂きたい。
1.ホソバミズゴケ Sphagnum girgensohnii 県:DD (2006年版)
神奈川県のミズゴケ自生地は、箱根のみが報告されている。この内、ホソバミズゴケは、神仙郷と大涌谷からのみ報告されている。但し、大涌谷は、1972年の文献に載っているだけで、RDB作成の時点では、生育が確認されていない。県RDB2022年版からは、消えている。
神仙郷のホソバミズゴケは、茶室富士見亭のすぐ向かいに、二個の円い塊になっている。いかにも、人工的な植生の感じがする。恐らくは、作庭時の生き残りではなかろうか。小さな塊だが、みずみずしく、力強い。
2.フウリンゴケ Bartramiopsis lescurii 県:絶II (2022版)
高木・他の「箱根美術館のコケ庭」には、名前が載っているが、均茶庵は神仙郷では見ていない。一般的には、決して珍しいコケではないが、神奈川県では箱根山の4ケ所でしか確認されて居らず、絶滅危惧種IIに指定されている。箱根で確認されている場所は、全て標高が1,300~1,400mと、遙かに高い。恐らくは、現在は既に神仙郷から引っ越してしまったのではなかろうか。
3.ムツデチョウチンゴケ Pseudobryum speciosum
高木・他の「箱根美術館のコケ庭」には、名前が載っているが、均茶庵は神仙郷では見ていない。神奈川県でも、未だ生育が確認されていない。従って、県の絶滅危惧種にも指定されていない。亜高山帯の林床に生えるコケであり、当種もフウリンゴケと同様に、現在は引っ越してしまったのではなかろうか。
200729 均茶庵