県道729号をひたすら西へ歩くと、水ノ木橋に着く。途中川の流れは、世附川→本谷→水ノ木沢→金山沢→樅の木沢と変わり、次第に荒々しい流れの音を立てる谷に変わる。この道路は、広い谷に面しているため、一部を除いて良く乾燥している。コケ的には一般種以外は、確認されていない。従って、水ノ木橋から上流のみを記載しよう。ゲートから水ノ木橋までは、徒歩で片道2時間かかる。尚、丹沢湖側の県道729号のゲートから水の木橋までの景観については、㊶ 世附大又沢に紹介しているので、そちらを参照いただきたい。
1. コウヤノマンネングサ Climacium japonicum
県RDBでは、注目種に指定されている。それ程珍しい種ではなく、県内の山地に行けば、殆どどこでも生えている。しかし、その姿の優雅さはとても一言では表現できない。均茶庵は、1962年の吉永小百合に譬えている。(「均茶庵の好きなコケ 蘚類」)異論は、許さない。
所が、水ノ木橋をほんの少し遡った所にある群落は、まるで均茶庵の足に接着剤を思い切りつけたように、体を金縛りにして離さない。勿論、口も開いている。呼吸は止まっている。
釣り人の宿か、休憩所になっていたと思われる無人の家がある。県道729号は、ここしばらくの間崖面崩壊で通行止めになっていたから、この店ももう数年間は閉まっているものと思う。まるで砦のような石垣に囲まれて、道路から4mくらいの高さの所に立っている。石垣の間に階段が切ってあるが、通行止めがあったような跡がある。いつの間にか朽ち果てたのだろう。その石垣の上が、駐車場だったようだ。そして、この駐車場全部が、コウヤノマンネングサで埋め尽くされている。ベンチが二つあり、マグカップが落ちているが、階段からベンチまでどうやって行こうかと思案してしまう。思い切りそっとあるいて見たが、コウヤノマンネングサの群落の中に、均茶庵の足跡がくっきりとついてしまった。
均茶庵も、一人お茶をしながら、一二句詠ってみようかとふと思う。しかし、群落のせまるような息づかいに、とても言葉が追いつかない。ここを、神奈川一番と名付けよう。
石垣の上にも、更に林道に沿って崩れた土の上にも、切れ間無く群落が続く。
2. オオカサゴケ Rhodobryum giganteum
県RDBでは、注目種に指定されている。コウヤノマンネングサと同様に、県内では比較的あちらこちらで見かける。しかし、均茶庵が大好きなコケだ。嘗て、雪の女王エルサ(松たか子)に譬えた。上記1.と同じサイト(「均茶庵の好きなコケ 蘚類」)に投稿している。
樅の木沢・金山沢・水ノ木沢と、この辺一帯の崖沿いの地上に、可憐な体を休めている。目に入ると、どうしても、手でも触れたくなる。
3.コメリンスゴケ Neckera flexiramea
県RDBでは、絶IIに指定されている。木の幹に大きな塊になって生えている。普通のNeckeraと何となく艶が違うなと手に取り、ルーペで眺めると、小さな横皺が数え切れないほどついている。県内では全部で7ヶ所と、比較的沢山知られている。
樅の木橋から樅の木沢にそって林道を歩くと、流れにそって疎らに木が生えている。やや薄暗い感じがする。その樹幹についていた。植生がどのくらいの広さあるのかは、確認出来なかった。この辺は、岩魚つりの名所となっている。
4. キヨスミイトゴケ Barbella flegellifera
県RDBでは、絶IIに指定されている。水ノ木橋から水ノ木沢を少し遡った、谷とは反対側の崖から伸びている灌木から、たわわに下がっていた。風にゆっくりと揺れて、何とも言えぬ風情をかもしだしていた。あるいは、暗い場所で見たら、髪の毛が下がっているのかと驚かされるに違いない。県内では、風通しの良い谷川などに、比較的良く見られる。
5. マツムラゴケ Duthiella speciosissima
県RDBでは、NTに指定されている。割とあちらこちらで見られる。特に、崖下で土が塊となっているような所では、トラノオゴケThamnobryumやフサゴケRhytidiadelphusなどと混生している事が多い。大きめのコケで、良く目立ち、重量感がある。グラマラスな美女を感じさせる。しかし、顕微鏡を通して葉の先を見ると、密集した鋭い歯に驚かされる。
6.イワマセンボンゴケ Scopelophila linguata
県RDBには、指定されていない。又、県のチェックリストにも記載されていない。所が、ここにはビックリするほど大きな群落がある。Scopelophilaは、銅イオンなどの多い、有毒な環境を好む。あるいは、そんな場所にしか生えない。この群落は、正確には本谷沿いの夕霧橋から水ノ木橋の間にある。水分を含んだ崖の岩の上に、断続的に群落を作っている。崖岩は、金属イオンによるためか、白黄っぽく変色している。群落の大きさは、県内有数と言って良い。恐らく岩には相当量の金属が含まれており、それが溶出しているのだろう。大昔なら、山師のターゲットになったかもしれない。
7.ホンシノブゴケ Bryonoguchia moklenboeri
県RDBには、指定されていない。特に珍しい種ではないが、均茶庵はその派手さを大いに愛でている。「均茶庵の好きなコケ3種」からは漏れてしまったが、次点という所だろうか。長い枝を伸ばして、二回分枝する。一見優しそうな姿だが、顕微鏡で覗くと、もの凄く長い棘が並んでいる。ラスボス小林幸子かな~。
201005 均茶庵
これで、味噌ぐちゃ以前の在庫は終ってしまった。
240215 均茶庵