世界と日本のコケ類の種類
一体コケは何種類あるのだろうか。これが中々難しい。全世界の植物は、277,000種あると言われている。この内、藻類が27,000で、陸上植物は、250,000種ある。陸上植物の中でも、被子植物が圧倒的に多く、220,000種あり、コケ類がそれに次いで18,000種ある。シダ類は、11,000種で、被子植物の先祖である裸子植物は800種に過ぎない。但し、これは本当にざらっとした数字であり、実は未発見の種が遙かに多くあるとも言われている。
コケ類について見て見よう。コケ類は、蘚類、苔類及びツノゴケ類に三分される。一体何種類あるのかは、文献に依っても異なる。しかし、一般的に言われている数字では、蘚類が10,000種、苔類が8,000種、ツノゴケ類が400種とされている。2011年には、Soderstromと41人のグループが、全世界の苔類7,221種とツノゴケ類215種のチェックリストを作っている。
日本産のコケ類は、毎年新しい種が見つかるため、数がどんどん増えている。同一年の数字を持ち合わせていないが、蘚類は342属・1,270種あり(2016)全世界の約13%に当たる。苔類は、142属・655種あり(2018)全世界の8%に当たる。又、ツノゴケ類は、6属・17種あり(2018)、全世界の4%に当たる。コケ類全体では、全世界の約11%となる。この数字を多いと思うかどうかは、人によって評価が分れるだろう。
1997年のUNEPの数字によると、世界の乾燥地帯は陸地面積の38%を占めている。(超乾燥8%、乾燥12%、半乾燥18%)全世界の陸地面積が86,874千㎢だから、乾燥地帯以外は、53,862千㎢となる。一般的に、乾燥地帯はコケ類の生育に適していない。一方、日本の総面積は、全世界の0.7%で377.9千㎢ある。つまり、日本は、全世界の非乾燥地帯の0.7%の面積に、11%のコケ種が生育している事になる。均茶庵には、日本のコケの多様性と植生が、非常に豊かに思える。
神奈川県のコケ類の種類
「神奈川県産コケ植物チェックリスト(2019年改定版)」によると、県産のコケは661種ある。日本全体の34%にあたる。個別には、蘚類が187属・452種で35.6%、苔類が75属・198種で30.2%、ツノゴケ類が6属・10種で59%となる。概ね、日本産のコケ類の内、約3分の1が生育していると言って良い。
神奈川県の周辺地域
Webで検索してみたが、関東地方及び神奈川県に隣接する山梨県・静岡県で、蘚苔類チェックリストを作成しているのは、茨城県のみだった。明細は左記の通りで、合計480種あり、神奈川県の661種に比べてかなり少ない。全国の種の約4分の1に当たる。
茨城県は、殆どが平野や台地・低山から出来ており、標高1,000mを越える山は八溝山 1,022mだけである。地勢が、コケの種の少なさに影響しているのかもしれない。
一方、神奈川県に隣接する静岡県では、県RDB(2020年改訂)を作成しているが、植物は維管束植物と菌類に限られている。又、伊豆半島のコケ植物フロラ調査は、杉浦(1967年)及び高木(1981)の研究のみである。
注) 杉野孝雄(1967).静岡県植物誌
高木典雄(1981).伊豆半島の蘚類フロラ.国立博物館専報14
神奈川県のコケの特徴
県内で生育している種は、殆どが環境省の絶滅危惧種(以下、国RDB)の対象となっていない「一般種」である。2020年版国RDBによれば、県産の蘚類は20種(I類1種、II類13種、NT6種)、苔類は4種(II類1種、NT3種)、ツノゴケ類はI類1種となっている。これは、神奈川県に生育するコケ661種の3.8%に当たる。ちなみに、神奈川県が独自に指定している県RDB(2020年版)は、国RDBを含んで全部で83種あり、県の全種の12.6%を占めている。尚、国RDBは全部で282種を指定しているが、これは国の全種の15.7%に当たる。この数字の多寡については、特に意見を述べない。
国RDBの殆どが、2,000m以上の高山あるいは、屋久島や小笠原諸島などの離島から報告されている。一方、神奈川県は、大部分を沖積平野と洪積台地が占める。県西部の箱根、丹沢・大山と武相国境付近に、比較的低い山が連なっているだけだ。標高1,600mを越える山は、最高峰の蛭が岳1.673mとその尾根伝いの峰、及び、標高1,601mの檜洞丸のみである。県産が「一般種」に集中しているのは、寧ろ自然とも言える。
神奈川県産の特色あるコケ
所が、どういうわけか、神奈川県には県特産とも言えるコケが3種類ほど分布している。いずれも、国RDBの絶IIに指定されている。他の産地から隔離されており、何故神奈川県に生育しているのか、大いに興味ある。残存種の可能性もあるだろうが、未だ良く研究されていない。3種のコケの詳細については、各名称をクリックすると、リンクする。
1.ダンダンゴケ Eucladium verticillatum
典型的な石灰岩性のコケで、炭酸カルシウムを含んだ凝灰岩の上に良く生育する。県内では、三浦半島を中心に生育し、横浜市・鎌倉市・逗子市まで広がる。三浦半島以外では、福岡県平尾台(石灰岩カルスト)及び房総半島南部(房総石の産地。炭酸カルシウムを含む凝灰岩)からのみ確認されている。三浦半島と房総半島は、東京湾を扼して向かい合うが、福岡県は、完全な飛び地となっている。
三浦半島のダンダンゴケ分布については、永野巌の研究「三浦半島におけるEucladium verticillatumの分布と着生基岩について」(1959年)が嚆矢であり、又、詳しい。
2. オオミツヤゴケ Entodon conchophyllus
標高900~1200mの山地の樹幹・枝上に、円形の蒴を着けた植物体が、まとまって生育する。静岡県熱海市日金山(十国峠)で最初に記録され、タイプ標本地となっている。又、隣接する熱海市岩戸山と伊豆天城山からも報告されている。神奈川県では、箱根芦ノ湖東岸から北側外輪山にかけて、及び、丹沢鍋割山に非常に濃厚に分布している。
関東以外では、遠く離れた屋久島、福岡県朝倉市古処山、高知県、愛媛県、熊本県菊池市、和歌山県大塔山山頂、愛知県豊川市本宮山頂上、宮崎県から報告されている。
3. オオタマコモチイトゴケ Clastobryopsis robusta
南洋系のコケであり、山地の樹上に生育する。1967年に屋久島から初めて報告された。その後、1934年に屋久島で採取された標本が、当種であることも、確認された。屋久島以外では、高知県明神山、愛媛県天狗高原、静岡県伊豆天城山、宮崎県、鹿児島県から報告されている。一方、神奈川県では、箱根~丹沢山塊の間の広い地域から報告されている。何れも少量のみ生育している。
分類上幾多の変遷を経た種でもある。現在では、属名がAptychellaに変更されている。
200902 均茶庵