神奈川県のコケの名勝地
コケの環境に詳しい福井県立大学の大石は、神奈川県のコケ名勝地として、箱根美術館神仙郷と妙法寺(鎌倉)と長寿寺(鎌倉)を上げている。神仙郷と鎌倉の寺は、どなたが見ても共通した推薦地のようだ。鎌倉では、報国寺、杉本寺が常連で、人によってはちょっと馴染みの無い一条恵観山荘を上げる人もいる。箱根では、少数意見ながら、旧街道石畳の名前も聞く。箱根旧街道を除き、何れも美しい庭園で有名だ。最近は、コケ庭が脚光を浴びている事もあり、亀(カメラファン)が大挙押し寄せている。
鎌倉 杉本寺
鎌倉 妙法寺
鎌倉 報国寺
鎌倉 長寿寺
コケ庭の中でも、箱根美術館は、全日本クラスで有名だ。1953年に世界救世教MOAの教祖 岡田茂吉が作庭した。京都の西芳寺を拝観した岡田が、強く感銘を受けて、信徒に指示して、極めて短期間で作り上げた。信徒は、全国各地から珍しいコケを寄進したそうだ。当初のコケは、殆ど滅びてしまったが、その後、植木職人さんが周辺から移植したり、自然に着床し た種合計約130種が、現在のコケ庭を構成している。
箱根美術館 神仙郷
木立の間に流れと池があり、湿度が高く保たれている。このしっとりとしたコケ庭を維持するためには、職人さんの並大抵でない努力がある。11月頃に茅を刈って来て庭一面にすき、その上に散水する。4月頃に茅を除去し、雑草取りなどの手作業を頻繁に繰り返す。しかし、この頃では手が回りかねている所もあるようで、スギゴケのなかに、ハイゴケが混植している。
絶滅危惧種
所が、神仙郷や鎌倉のコケは、均茶庵の食欲を誘わない。美的な立場から見ると、確かに素晴らしいし、心を癒される。コケを見ながらゆったりと小碓を味わう時には、世界が止まってしまったような感じさえ味わえる。しかし、均茶庵の好みは、少し異なる。
その人の嗜好にもよるが、コケが全て綺麗に見えるわけではなく、可愛いコケとそうでないコケがある。誰が見ても感動するコウヤノマンネングサやオオカサゴケなどがある一方、ネジクチゴケなどは、殆ど見過ごされてしまう。そして、均茶庵が喜んでいるのは、決して見た目の美しさではなく、珍しさの方になる。ヤスダゴケ(絶I)のように、誰にも相手にしてもらえないような、コケを見つけては、飛び跳ねている。レアな種を見つけては、独り喜んでいる。
国は、絶滅危惧種を指定して、保護している。同様に、神奈川県としての絶名危惧種を指定している。本邦産の蘚苔類は、全部で2000種類にのぼる。内、環境省が1997年に絶滅危惧種238種を指定した。その後、毎年見直しが行われている。神奈川県は、独自に54種を絶滅危惧種に指定している。鎌倉の寺院庭園には、ダンダンゴケ(絶II)しか該当がない。1996年に高木・他が神仙郷の調査をしたが、その時の報告書には、ホソバミズゴケ(絶I)、フウリンゴケ(絶II)及びコウヤノマンネングサ(注目)が記載されているが、現在ではフウリンゴケは見られず、2種のみが残存している。
大雄山最乗寺
所が、この寺はコケの宝庫だ。絶滅危惧種が、8種も確認されている。先ずは、真言「おん あろまやてんぐ すまんき えいそわか」を唱 唱えながら、簡単にお寺の紹介をしたい。
当寺は、1394年3月10日に、了庵慧明禅師によって創建された曹洞宗の古刹だ。30余りも堂塔がある。三井寺から修験道者の相模房道了が空を飛んで大雄山に参じ、土木工事を行ったと伝える。75歳で亡くなると、天狗の姿に変わり、山中へ飛び去った。寺の守護神として祭られている。天狗信仰が盛んで、お寺を道了尊と呼ぶ人も多い。
御真殿脇には、天狗の履物である高下駄が、沢山奉納されている。最大の下駄は、3.8t(1000貫)もある。夫婦和合をお祈りする。和合でないウチも、この頃は 沢山ある。
境内は、鬱蒼とした杉林に囲まれて、ちょっと暗い感じがする。真ん中を渓流が音を立てて流れており、湿気が十二分にある。コケが成育するには、最適の環境だ。
奥の院
それでは、一つずつ見てみよう。
杉村・大橋:「大雄山最乗寺(神奈川県、箱根)の蘚苔類」1999, 自然環境科学研究Vol.12 85-101(以下、「論文」)及び、神奈川県レッドデータブック2006年版(以下、RDB)を参照。
追記)RDB 2022年版が発行されたので、追記する。変更がなかった種は、特記しない。
注) 青い文字をクリックすると、コケのページに移ります。
050.1.05 ジョウレンホウオウゴケFissidens geppi 絶I (2022年版:絶II)
「論文」鐘楼近くのお手洗い側面コンクリート上に一カ所
RDB:手水鉢状に少量確認されている。
当「論文」が、県内の初記録となっている。均茶庵は確認できていない。水辺に生える小さなコケのため、改めて探すのは、中々難しい。Webを見ると、F.geppiの名前で、水槽用の水草として市販されている写真を沢山見る。しかし、正しいかどうか分からない。
均茶庵は、未だこのコケに出会っていないので、佐々木さんという方のブログの写真を拝借した。
078.3.01 カタシロゴケSyrrhopodon japonicus 絶I (2022年版:絶II)
「論文」杉根元、杉幹
三門から境内に入ると、杉の鬱蒼とした森が続く。この樹幹に沢山生えている。ちょっと小さなコケだが、注意してルーペで見ると、葉の先端に無性芽がびっしりとついているため、簡単に判別できる。十八丁目茶屋付近の「てんぐのこみち」沿いの杉樹幹でも生育を確認にしているから、生育範囲は相当に広そうだ。
147.1.01 ハイヒモゴケMeteorium supbolytrichum 絶I
「論文」石垣、イヌガヤ幹
RDB:イヌガヤの幹上や石碑の上などに点在するがいずれも少量。
大書院と本堂の間に、光明池と言う名の小さな池と東屋がある。池の本堂よりに何本かイロハモミジが植えてあるが、その中の一本に着生している。2020年7月現在で、周辺の石碑の上には見当たらなかった。
147.1.02コハイヒモゴケ Meteorium buchananii 絶I (2022年版:絶II)
「論文」『イヌガヤ幹』
RDB:イヌガヤの大木の幹上にかなり大きな群落が剥製している。
大書院前の大きなイヌガヤから、たわわに懸垂している。
148.2.01 ソリシダレゴケ Chrysocladium retrosum 絶I
「論文」イロハモミジ幹、岩壁
RDB:イロハモミジの樹幹上と岩壁に下垂するが、いずれも少量である。
2012年~2013年に参拝した時には、祖師座禅岩付近の粘板岩碑から、少量懸垂していた。2019年6月には、碧落門下の石碑にも生育していた。しかし、2020年7月に参拝した際には、上記は全く見られなくなった。一方、多宝塔下の石垣に小さな群落を一つ見つけた。
150.7.01 キヨスミイトゴケ Barbella flagellifera 絶II (2022年版:NT)
「論文」サツキ枝
碧落門から衆寮に向かって、サツキが植えられている。その小枝に、びっしりと生育している。
151.10.03 タカサゴサガリゴケPseudobarbella lavieri 絶I (2022年版:絶II)
「論文」コクサギ根元
RDBコクサギの根元に少量が着生している。
均茶庵は、当地では確認できていない。
152.2.07 コメリンスゴケ Neckera flexiramea 絶II (2022年版:NT)
「論文」石碑、イロハモミジ幹
RDB:石碑上、イロハモミジ樹幹上に付着していた。
2020年7月に参拝した際には、瑠璃門に至る参道脇の樹幹で、ほんの僅か確認しただけだった。
164.4.02 コキジノオゴケCyathophorella hookeriana 絶I (2022年版:絶II)
「論文」岩
RDB:杉林下の大岩に少量が成育している。
開山祖師座禅石脇にあるムチゴケに埋もれた岩にへばり付いていた。
124b.1.51ヒロハヒノキゴケ Pyrrhobryum var badakense (P. latifolium)
「論文」杉根元、杉幹
本種は、県の絶滅危惧種に指定されていない。しかし、神奈川県での報告例が二箇所のみともの凄く少ない。大雄山最乗寺の他には、2011年に佐々木によって、芦ノ湖西岸遊歩道で生育が確認されただけだ。ヒノキゴケとの違いが分かりにくいため、見過ごされている可能性がある。生育環境も、腐木及び杉幹下部との事。
最乗寺では、開山祖師座禅石に渡る橋付近に生える杉の大木の幹下部に、沢山見られる。雨に濡れると、何とも言えない奥山の雰囲気を醸し出すので、均茶庵も最乗寺に行く度に、侘び寂びの心境に触れさせていただいている。
一番高い場所にある奥の院は、本堂周辺に比べて乾燥しているのか、RacomitriumやSchistidium系統のコケが中心となる。
寺院の写真は、多くをお寺のホームページなどに頼った。何しろ、僕のデジカメより遙かにきれいに撮れている。又、コケの写真は、原則として均茶庵が撮ったが、一部Webの写真をお借りした。
200720 均茶庵
追記)221006 均茶庵
大雄山のコケが、今どんな風になっているのか気になったので、久しぶりに参拝してみた。何と驚いた事に、以前の姿からは、大きく変わってしまった。本堂前のハイゴケやコハイゴケの量は、思い切り少なくなっていた。境内全体が、何となく乾燥しているような感じがした。