県道729号(山北・山中湖線)は、ちょっと変わっている。丹沢湖から世附川に沿って山中湖まで通っている。丹沢湖を過ぎるあたりは、片側1車線の立派な道路だが、世附川に入った瞬間、突然農道のように狭い全1車線に変わってしまう。しかも、浅瀬集落の入口の水位観測所からは、一般車が通行禁止になる。何度も何度も、通行禁止の看板が出る。そのままどんどん歩いて行くと、今度は側壁が崩れて埋まってしまった場所に、何回も出くわす。遂には、道がどこかに消えてしまう。本来なら、切通峠を越えて山中湖に入る登山道があるはずだが、跡もはっきりとは見分けられない。所が、この峠を越えて山中湖村に入ると、今度は山梨県道として復活し、最後には国道413号となる。神奈川県側の道路は、崩壊してからかなりの期間が経っているようだ。
世附川
世附川の浅瀬橋を渡ってすぐの所に、名瀑「夕滝」があるが、2019年の台風で橋が落ちてしまったため、かなり無理をしないと、滝壺までたどり着けない。この先、不老山への立派な登山道があったが、勿論、今では消えてしまっている。
この世附川にそった県道729号は、何度も復旧工事を繰り返したためか、あるいは崖崩れのためか、非常に乾燥しており、コケの植生は余り見られない。時折小さな群落を見る事はあるが、一般種に限られている。
世附川沿いの調査は、殆ど行われていない。2003年8月~2006年8月にかけて、(財)平岡環境科学研究所を中心とした研究者が調査を行い、2007年に「丹沢大山総合調査学術報告書」を発行したのが、唯一の文献のようだ。「報告書」には、下記のように記載されている。現状(2020年現在)も、殆ど変化がない。
『世附川上流域は全体に谷が広く開け, 林道や崖などコケ 植物の主な生育場所が乾燥している.一方流水域は植物が繁茂して暗く,体の小さなコケ植物には十分な光が当たらないと思われる.総じてコケ植物の生育量も種類も少なく,・・・』
大又沢
所が、浅瀬橋から北へ世附川の支流の大又沢に入ると、景観が一変する。急流が食む深い谷沿いの林道の崖にそって、コケの濃い植生が発達する。大又沢の調査も、上記「報告書」に限られており、僅かに『大又沢の地蔵平には古い社と小規模な寺社林が残っているが,その林内にコウヤノマンネングサとオ オカサゴケの群落がある.』と記載されているだけだ。
「古い社」は、山の神を指し、「小規模な寺」は、地蔵堂を指すものと思われる。社寺ともにしっかりと守られており、定期的に林業・狩猟関係者に依って祀られている。この報告書の影響もあるのか、大又沢のコケの追跡調査は行われていないようだ。
しかし、均茶庵にとっては、この大又沢こそ、大の宝庫になっている。神奈川県RDB(以下、県RDB)に指定されている貴重なコケが、何種類か生育している。報告書の調査時点から、既に15年経過しているため、コケの生育環境が大きく変わったのかもしれない。
200918 均茶庵 Rev. 240201
1. ヒロハシノブイトゴケ Trachycladiella aurea
環境省の絶II、県RDBでは絶Iに指定されている。県RDB2006には、何と1948年に箱根山で確認されたという記事しか載っていない。箱根は、火山情報発令中のため、現在の状況は確認できない。一方、均茶庵は、2006年と2016年に丹沢玄倉川で生育を確認している。
均茶庵は、浅瀬のゲートから30分ほど歩いた崖に、比較的広い範囲の群落を2017年に見つけた。枝から懸垂している株や、岩から直接下がっている株があった。又、この場所から直線距離でほぼ500m上流の崖から懸垂している群落も確認した。いずれも、大又沢が大きくカーブする場所に生育している。しかし、毎年の気候条件によって、群落の変化が大きいようで、再確認に苦心する事もある。
2. コハイヒモゴケ Meteorium buchananii var helminthocladium
県RDBでは絶IIに指定されている。上記ヒロハシノブイトゴケの群落のすぐ近くに、崖及び灌木の枝から懸垂している。勢いが強いが、こちらも毎年の気候条件の影響が大きく、大雨の後などには、大きな塊が地上に落ちている事もある。ヒロハシノブイトゴケよりも、太陽光の強い条件を好むようで、両者は離れて生えている。
3.アナシッポゴケモドキ Pseudosymblepharis astata
県RDBではDDに指定されている。浅瀬橋の近くに、小さな群落を見つけた。気をつけないと、他の植物に埋もれてしまうようで、意外と分かりにくい。
4.コウヤノマンネングサ Climacium japonicum
県RDBでは注目種に指定されている。「報告書」に記載されているように、地蔵平の小さな流れにそった林の中に、群落がある。また、大又沢沿いで、崖土が崩落している場所数カ所にも、小さな群落がある。
5.オオカサゴケ Rhodobryum giganteum
県RDBでは注目種に指定されている。コウヤノマンネングサと同じように、地蔵平の小さな流れにそった林の中に、群落がある。また、大又沢沿いで、崖土が崩落している場所数カ所にも、小さな群落がある。
6. キヨスミイトゴケ Barbella flagellifera
県RDBでは、絶IIに指定されている。一般的には、珍しい種ではないが、大又沢では、上記(1/2及び4/5の近くに)小さな群落があった。又、大又沢の支流である法行沢にも、灌木から懸垂している株があった。