わが妹(いも)わがはなよめよ 我はわが園(その)にいり わが沒藥(もつやく)と薫物(かをりもの)とを採(と)り わが蜜房(みつぶさ)と蜜(みつ)とを食(くら)ひ わが酒とわが乳(ちゝ)とを飮(のめ)り わが伴侶等(ともだち)よ 請(こ)ふ食(くら)へ わが愛する人々よ 請(こ)ふ飮(のみ)あけよ
われは睡(ねむ)りたれどもわが心は醒(さめ)ゐたり 時にわが愛する者の聲(こゑ)あり 即(すな)はち門(かど)をたゝきていふ わが妹(いも)わが[とも] わが鴿(はと) わが完(また)きものよ われのために開け わが首(かうべ)には露(つゆ)滿ち わが髪の毛には夜の點滴(しづく)みてりと
われすでにわが衣服(ころも)を脱(ぬげ)り いかでまた着るべき 已(すで)にわが足をあらへり いかでまた汚(けが)すべき
わが愛する者戸の穴より手をさしいれしかば わが心かれのためにうごきたり
やがて起(おき)いでてわが愛する者の爲(ため)に開かんとせしとき 沒藥(もつやく)わが手より沒藥(もつやく)の汁(しる)わが指よりながれて關木(くわんのき)の把柄(とりて)のうへにしたゝれり
我わが愛する者の爲(ため)に開きしに わが愛する者は已(すで)に退(しりぞ)き去りぬ さきにその物いひし時はわが心さわぎたり 我かれをたづねたれども遇(あは)ず 呼(よび)たれども答應(こたへ)なかりき
邑(まち)をまはりありく夜巡者(よまはり)等われを見てうちて傷(きず)つけ 石垣をまもる者らはわが上衣(うはぎ)をはぎとれり
ヱルサレムの女子等(をうなごら)よ 我なんぢらにかたく請(こ)ふ もしわが愛する者にあはゞ汝(なんぢ)ら何とこれにつぐべきや 我(われ)愛によりて疾(やみ)わづらふと告(つげ)よ
なんぢの愛する者は別(ほか)の人の愛する者に何の勝(まさ)れるところありや 婦女(をんな)の中(うち)のいと美(うる)はしき者よ なんぢが愛する者は別(ほか)の人の愛する者に何の勝(まさ)れるところありて斯(かく)われらに固(かた)く請(こ)ふや
わが愛する者は白くかつ紅(くれなゐ)にして萬人(まんにん)の上に越(こ)ゆ
その頭(かしら)は純金のごとく その髪はふさやかにして黒きこと烏(からす)のごとし
その目は谷川の水のほとりにをる鴿(はと)のごとく 乳(ちゝ)にて洗(あら)はれて美(うる)はしく嵌(はま)れり
その頬(ほゝ)は馨(かぐは)しき花の床(とこ)のごとく 香草(かをりぐさ)の壇(だん)のごとし その唇(くちびる)は百合花(ゆり)のごとくにして沒藥(もつやく)の汁をしたゝらす
その手はきばみたる碧玉(みどりだま)を嵌(はめ)し黄金(こがね)の釧(くしろ)のごとく 其(その)躰(むくろ)は青玉をもておほひたる象牙(ざうげ)の彫刻物(ほりもの)のごとし
その脛(はぎ)は蝋石(らうせき)の柱を黄金(こがね)の臺(だい)にたてたるがごとく その相貌(すがた)はレバノンのごとく その優(すぐ)れたるさまは香柏(かうはく)のごとし
その口ははなはだ甘(あま)く誠(まこと)に彼には一つだにうつくしからぬ所なし ヱルサレムの女子等(をうなごら)よ これぞわが愛する者 これぞわが伴侶(とも)なる